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南シナ海に関する仲裁裁判所の判決の意義と今後の見通し

 7月22日、公益財団法人笹川記念財団 海洋政策研究所 海洋研究調査部 海洋安保チーム長 主任研究員の倉持一氏が「南シナ海に関する仲裁裁判所の判決の意義と今後の見通し」と題して講演を行った。以下は講演内容の抄録。

1. はじめに

 本日はまず、7月12日に出された仲裁裁判所の判決の意義について、そもそも仲裁裁判所とは何か、判決のポイントは何か、判決の及ぼす影響などを解説する。そのうえで今後の中国の対応を、外交政策、軍事政策、国内政策に分けて説明する。

 仲裁裁判については、産経新聞の7月12日の記事が比較的わかりやすいので引用すると『海の憲法と呼ばれる国連海洋法条約は、第287条で「条約の解釈又は適用に関する紛争」を解決する手段として、4つの選択肢を指定している。仲裁裁判所は、国際海洋法裁判所、国際司法裁判所と並ぶ手段の1つに挙げられており、フィリピンが今回選択した』と書かれている。また、フィリピンがなぜ仲裁裁判を選んだかについては、『国際海洋法裁判所や国際司法裁判所と違い、相手方の当事国が拒んでも手続きを進められるからだ。今回も中国が不参加のままだった。領有権や海洋境界の画定に関しては、条約の規定などにより判断はできないが、フィリピンとしては、南シナ海のほぼ全域が管轄下にあるとしている中国の主張を法的に切り崩す戦術をとった形だ』と解説している。国際司法裁判所は基本的に訴える側と訴えられる側双方が合意しなければスタートできない。仲裁の場合は訴える国だけでも裁判は進む。なお、よく間違えられるが、ハーグにある常設仲裁裁判所と、国連海洋法条約に基づく仲裁裁判とは異なる。常設ではなく、訴えがあった時点で開設される。たまたま今回、常設仲裁裁判所に仲裁裁判の機能が置かれた。

 中国は国連海洋法条約に加盟しているのに、仲裁裁判に参加しなかった理由はなにか。国連海洋法条約に加盟すると選択的除外という権利を有する。これは、海洋の領有権(この島は誰のものかを争う)もしくは領海の線(領海確定)に関する裁判は受けつけない権利である。中国は今回の裁判を正当に拒否したことになる。

 中国は仲裁裁判に参加しない権利は認められているが、参加しないと不利なことがある。裁判官を選ぶ権利がなくなる。本来であれば5名の裁判官のうち、それぞれが2名ずつを指名し、残り1名を国際司法裁判所が推薦するはずだった。中国が参加しなかったので、裁判官を選ぶ権利がない。結局フィリピンは1名を指名し、残り4名を当時の国際司法裁判所の裁判長だった柳井氏が指名した。この点を中国が不当だと言うのはおかしい。

 一方フィリピンは、島の所有や領海線には触れないものの、南シナ海には島はなく、すべて岩だと主張した。島がなければ排他的経済水域(EEZ)が発生しないため、南シナ海にはどの国のEEZも存在しないと主張した。

2.判決のポイント

 判決を解説する前に領土や領海について確認しておく。島があれば12海里の領土が認められる。陸地の基線から200海里までは排他的経済水域(EEZ)を主張できる。領海の真上には領空がある。これはあくまで島だから言えることである。岩だと領海までしか主張できない。

 今回の判決のポイントを整理すると大きく5点ある。

 1点目は、「中国の主張する九段線に法的根拠は存在しない」と明確に述べている。中国は、九段線内には歴史的権利があると主張している。歴史的権利は国連海洋法条約でも認められているものがいくつかあるが、かなり限定的である。例えば、昔から地元漁師が漁をしていた場所に、後からEEZができた際、EEZを超えて漁ができる歴史的漁業権や、湾が存在して、厳密な領海線をひくと領海のなかに公海が生じてしまう場合、湾の中は領土と見なされる歴史的湾の制度などである。九段線に歴史的権利は存在しないという当然の判決に、中国は猛反発している。

 2点目は「海洋地勢」についてである。判決はnatural conditionを気にしている。どの時点がナチュラルか。裁判の過程で提出されたエビデンスの中で最も古い、証拠として認定できるものがナチュラルということになる。今回、ナチュラルコンディションで南沙諸島には島は存在しないという判断には驚いた。南沙諸島には太平島という、台湾が実効支配している島がある。フィリピンは岩だと主張した。太平島はかつて大きな岩だったが、旧日本軍が埋め立てて滑走路を造った。今回の仲裁裁判では、島とは認められなかった。今後、南沙諸島はすべて岩、または暗礁でできている、ということになる。

 3点目は、領有権争いのさなか、中国の行動はフィリピンの主権を侵害していると、結構強めに裁判所が判断した。フィリピンは、領有権を主張している場所に、使わなくなった船をわざと座礁させて人を置き、実効支配している。そこに補給するための船を中国が妨害している。今回の判決は、フィリピンに対して何らかの主権を認めていると解釈できる。

 4点目は、海洋環境に対する害悪について述べている。国連海洋法条約は、加盟国に対して海洋の環境を守る義務的条項を定めているが、それに中国の行為は違反している。サンゴを砕いたものをくみ上げて埋め立てているので環境に悪いことをしている。あれだけの規模を埋め立てれば潮流や漁場に影響が出ると思われる。

 5点目は、中国の人工島建設などの行為は調停手続き進行中の紛争悪化を義務付けた規定に違反していると述べている。仲裁裁判が始まると、国連海洋法条約の規定によって、両国に紛争を悪化させないため一定の義務が課せられる。この点はフィリピンの主張ではなく、裁判所があえて付記している。

3.判決が及ぼす影響

 仲裁判決は上訴が認められず、かつ、法的拘束力はあるが強制権がない。人工島をもとに戻せとは言えないし、中国の力による現状変更を止めさせる手段もない。しかし今後、中国が国内法によって南シナ海に領海を画定したとしても、それは国際法上無効であることが確定した。中国は1992年に「領海および接続水域法」という法律を作り、自分の領土の12海里は領海だと定めた。これは国連海洋法条約に則ったものであるが、その領土について、台湾、釣魚島、南沙諸島などとしか書かれておらず、南沙諸島のどの島が自分の領土だとは明言していない。中国の抗議と、国際法の判断がかみ合わないのは、中国は2000年前から歴史的権利を南シナ海に持っていると言いながら、南シナ海のどこが領土でどこに領海があるのかを一切言明していないことによる。

 中国は国連海洋法条約に加盟しているので、領土から12海里までしか領海を主張できない。九段線が領海だと法律的に位置づけることはできない。南シナ海を2000年前から管理していたことと、九段線に法律的な意味はないという議論はまったく違う次元である。中国からみれば主張が認められないと不満が出る一方、国際的立場では九段線など認められるわけがない。このかみ合わない議論がしばらく続くと思われる。

4.今後の中国の対応に関する見通し

 習近平は、中国の領土主権と海洋権益は仲裁裁判の判決の影響を受けない、と言っている。習近平がこう言ってしまっているので、南シナ海問題で引くことは難しいであろう。中国人からすると領土や領海を取られたとか海洋権益に裁判所が勝手に踏み込んできたと解釈している。中国の反応が異様に過激なのはこういうことである。しかし裁判では領土の主権や海洋権益などには触れていない。ここでの認識の差が大きい。

 中国の外交政策は、輿論戦、法律戦、心理戦の「三戦」と言われるものを採用している。

 輿論戦とは世間の輿論に訴えることである。仲裁裁判の不当性を主張し続ける。輿論戦の対象はASEANである。中国の影響力が強く、経済的に弱い国が多いので、そういう国々を切り崩すことによって徐々に輿論戦に訴え、今よりはましな状況にもっていきたいと考えているだろう。二国間交渉にこだわり、フィリピンとの直接交渉に持ち込むことが短期的には中国の狙いだろう。中国にとって幸いなのは、フィリピンが政権交代していることである。経済関係を中心に話し合い、棚上げ論を打ち出してくる可能性は高い。

 法律戦については、国内の法律家による理論武装が行われる。中国の海洋法の専門家はまだ非常に少なく、人材不足である。

 また、台湾が実効支配している太平島が岩と認定され、台湾と共同で法的対抗的措置をとれるか、注目する必要がある。さらに、あまり報道されていないが、中国は国際海洋司法センターを作ろうとしている。先の全人代で、最高人民法院の長官である周強が、建設を目指すと発表している。同センターの具体的内容は不明だが、仲裁裁判の判決を上書きしようとする可能性がある。それにより国内で判決の妥当性を薄められる。このように彼らなりの理屈をつけて不利な状況をカバーしようとしている。

 心理戦は直接の相手に対するアプローチである。フィリピン新政権に対する経済的アメと軍事的ムチが予想される。特にフィリピンの公船に対する攻撃を想定しておく必要がある。フィリピンが政権交代をして経済的協力関係を新たに結ぶ言い訳ができたが、中国が軍事的に妥協するとは考えない方がいい。中国は外交的な政策決定と軍事的な行動を決めるプロセスが別である。フィリピンは海軍が弱いので、座礁させた船にいる兵士に物資を運ぶ軍艦に対する妨害行動、漁民同士の争いに公船が出て拿捕する、などが考えられる。

 今回の判決は日本に直接には影響しない。ただ沖ノ鳥島周辺のEEZに対する挑発行為には注意すべきである。沖ノ鳥島が日本の領土であることは中国も認めているが、中国は島ではなく岩だと言っている。沖ノ鳥島は、元々は周囲11キロ程度の島だった。これが海面上昇や波の浸食、海水温と海水の酸性値の上昇により、海面に出る部分がわずかしかなくなった。今回の仲裁裁判ではオリジナルが何かに注目されたが、沖ノ鳥島は大きいものが小さくなった。今後海面上昇が続けば、小島嶼国の領海やEEZがどんどん縮んでしまうので、解釈について裁判所も慎重になるとみている。

5.自衛権の主張

 軍事政策に関しては、南シナ海の核心的利益を守るため、中国が打ち出したのが自衛権である。人工島を作ってそこに自衛権が発生すると言っている。島の民間利用と軍事化は矛盾しないというのが彼らの理論である。中国の最大の強みは陸地からのミサイル攻撃なので、ミサイルを島に配備することが基本的な戦略になってくる。

 米国の研究者は、中国は南シナ海に防空識別圏を設定するだろうと予想している。防空識別圏を敷くためには航空管制権、制空権に自信がなければできない。防空識別圏はおそらく九段線に沿って設定してくるが、そこまでが自衛権の流れの一つである。

 国内政策に関する見通しとして、習近平政権が長期化する可能性がある。習近平政権は現在1期目である。中国の憲法では国家主席は1任期5年で2期しかできないが、中国共産党の総書記の任期に決まりはない。理論上は国家主席を辞めて党の総書記を続けることもできるが、今の中国国内の流れを見ると、憲法を改正して3期目を狙うことも考えられる。7人いる中央政治局常務委員のうち、習近平と李克強以外は年齢がひっかかってしまうので、定年制を延長して味方の常務委員を残留させ、2期目を安定的にスタートさせることも考えられる。このような重要な時期に、南シナ海問題で手間取ってはいられない。

 習近平は一帯一路構想を実現しようとしている。一帯一路は海のシルクロードを含むが、南シナ海で問題が起きては実現できない。本来なら、南シナ海問題を棚上げして、構想を先に進めた方がいいように思う。

 一帯一路は当初からするとトーンダウンの印象がある。一帯一路は中国の支配構造を確立させるものではなく、あくまで経済協力を進め、中国経済を潤すことへと意味合いが変わった。とはいえ、中国では九段線も重要である。つまり南シナ海の利権を守ることは一帯一路よりも優先されている。

6.おわりに

 習近平が2期目を目指す中、中国は南シナ海問題で後戻りできない。裁判に負けたという汚点は残ったが、それで済むはずはない。極めて高い確率で中国はフィリピンに実力行使するとみている。それに対して国際社会はどうすべきか。中国の判決後の反論は陸域に対するものであり、海域に関する今回の判決とかみ合わず、議論が空回りしている。中国はメンツを重んじる国であるので、間違っていてもそれを認めない。そのため、落とし所を見つけなければならないと思う。落とし所を見つけて間違いを修正させる。九段線は歴史的権利を主張するものであり、領海についてはこれから検討する、というように方針転換できれば、状況はよくなると思う。

 この問題は判決が出て終わりのような雰囲気があるが、なにも解決していない。中国は予想以上に埋め立てを早めており、力の入りようが伝わってくる。従って少し厳しめな予想をしている。

 中国は我々と感覚が違うことを学んだ。九段線に対するとらえ方も、法律の捉え方も違う。中国が国連海洋法条約から脱退すると予想する人もいるが、絶対ない。加盟もしていない米国は南シナ海問題に首を突っ込むな、と盛んに言っている。条約に留まったままでこの主張を繰り返す。そして国際海洋司法センターのようなものを作り、新たな判決を出して、落とし所として使っていくだろう。

(文責:加藤)

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