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渋滞の普遍性

国際社会経済研究所 客員研究員
東京大学 先端科学技術研究センター 教授
西成活裕

 渋滞は社会の無駄である。渋滞することで到着が遅れて時間が無駄になるが、この損失は車の渋滞だけでも年間38億時間にもなるそうだ。そして渋滞するのは車の話だけではない。駅やコンサートホールなどでの人の混雑、また窓口での長い行列など、我々を取り巻く環境は渋滞や混雑で満ち溢れている。さらにはインターネットでのパケット通信や、人体のタンパク質の動きにも渋滞があり、それがシステムとしての機能を低下させる大きな原因の一つとなっている。また、工場では様々なモノの流れがあり、生産ラインやサプライチェーンなどで在庫という渋滞が発生している。

 こうした様々な渋滞を分野横断的にまとめて研究をしようと思いついたのは今から約二十年前である。車や人など、とにかく渋滞を起こす主役をまとめて考え、それらを自分自身で動ける「自己駆動粒子」と見なすのだ。そして、その一般化された粒子の流れが滞る集団現象として渋滞を普遍的にとらえてみようと考えたのだ。この学問を私は「渋滞学」と名付け、これまで二十年にわたり様々な渋滞の発生メカニズムの解明とその解消方法について研究してきた。流れがあるところには必ず渋滞がある。ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの言葉に「万物は流転する」というものがあるが、それならば「万物は渋滞する」といえる。

 分野を超えて渋滞の起こる仕組みの普遍性を考えるのはとても刺激的である。専門化が進み、細分化されがちな現代の諸学問において、このように渋滞という現象を通して様々な分野を横断的に研究していくことは重要である。一つの分野に留まっていると見えてこないような解決策も見えてくるようになる。その一例がアリの行列の知恵に学ぶ渋滞解消法である。以前に共同研究でアリの行列を観察し、渋滞が発生しているかどうか調べてみたことがある。三ヶ月分のデータを分析した結果、驚いたことに渋滞は全く観測されなかった。そしてアリはある程度混んできても、お互いの間には適当な距離が確保されていることが明らかになったのだ。つまり、アリは混んできても詰めないことで動きを確保しており、そのため高密度になって動けないという状況は発生しなかったのだ。

 これを高速道路での渋滞解消に応用したものが渋滞吸収走行である。これは今まさに研究している渋滞緩和方法で、渋滞箇所に到着する前にあえて少し減速し、アリを見習って車間距離を長めにとる、というものである。こうすれば、その減速した車は車間距離が十分確保されているため、前の車が渋滞で遅くなってきてもしばらくは一定の速度で走り続けることができる。これがブレーキの連鎖を止めるクッションの役割を果たすことになり、結局は渋滞は緩和されていくのだ。図はこの走行の概念を表したものである。横軸が位置、縦軸が時間であり、三台の車の軌跡が描かれている。三台目が車間距離を空けた走行をすれば渋滞が減衰していくが、逆にその車間を詰めると渋滞領域は成長していくことが分かるだろう。つまり、ゆっくり走った方が結局は渋滞に巻き込まれずに早く目的地に到着できる可能性がある、という逆説的な渋滞緩和法である。

 そしてこの渋滞吸収走行は、渋滞ができかけのタイミングで始めるのがよく、その開始地点は、渋滞領域の数km手前の自由流領域がよい。この自由流の箇所ではもともと車間距離が大きいため、吸収のために多少減速しても、それによって周囲の流れが二次的に渋滞することはない。したがってこの上流の位置で前もって車間距離を空けておけば、結果として渋滞領域への車の流入量を減らすことができ、渋滞は早く無くなっていくのだ。この方法により、インフラなどのコストをかけなくても渋滞緩和に大きく貢献できることが示され、また実際に公道実験でもその有効性が検証されている。現在は普及に向けて関係機関と議論を重ねている段階である。

 また、人の流れに関しても逆説的な渋滞緩和の方法を見出すことができた。それは、狭い出口から大勢の人が退出する場合、その出口付近に障害物があった方が結果として退出がスムースになることがある、というものである。これは実験や計算機シミュレーションによっても確かめられており、最近は人だけでなく羊などの動物でも同様の現象が見いだされ、また粉粒体の実験でも確認されている。この理由を一言でいえば、「待合室効果」のおかげである。皆が一斉に狭い出口に殺到すれば、流れが当然詰まってしまう。しかしこの場合、一部の人々が待合室で待機し、それ以外の人だけまず出るようにすれば、結果として出口は詰まらないため全員が出終わる時間は早くなる。障害物を出口前に立てると、その後ろにいる人は出口に殺到できなくなり、これが一種の待合室として働くため、結果として出口での流れがスムースになるのだ。この研究の応用の一つとして、電車の扉付近に棒を立てることで、乗り降りがスムースになり、定時運行にも大きく寄与できることを指摘しておこう。

 車や人の流れ以外にも、最近はモノの流れについての研究を精力的に進めている。例えば、工場での生産ラインの流れの効率化、またサプライチェーンでの在庫という渋滞の解消、さらには物流配送業務における様々な効率化などについても取り組んでいる。特に、これまで物流現場を担っている企業の方々とかなりの議論を重ねてきており、現場の知恵から多くの研究のヒントを頂いている。物流効率化のヒントとして、私が現在最も注目しているのがシェアリングである。例えば、現在、物流の9割はトラック輸送が占めているが、その積載率は残念ながら50%を下回っているのだ。この理由は、行きはほぼトラック一杯に荷物を積んで、目的地でそれを降ろし、帰りは空で戻ってくるため、と考えると分かりやすいだろう。したがって、トラックの空きと、荷物を載せたい人のニーズのマッチングがうまくできれば、積載率も向上して物流は一気に効率化するのだ。そのためには各社がバラバラに対応していても限界があり、企業や業種の壁を越えてトラックの空き部分と荷物をシェアするシステムの構築が必要である。これは、トラックの空きを集約するクラウドシステムや、トラックの空き状況を自動的に測るIoT技術、そして荷主とのマッチングを効率的に行う人工知能などがあれば可能であり、すでにいくつかの先進的な取り組みも始まっている。さらに柔軟に考えれば、一般市民が運転する乗用車のトランクルームも物流の担い手として活用できる可能性もあるし、空いている自宅の庭を荷捌きスペースとして貸し出すことも可能なのだ。そして公道で荷捌きをしないことにより、市街地での車の渋滞の緩和も期待できる。とにかく競うべきところは競い、そうでないところはシェアリングで効率化していく、という流れは、今後は物流だけでなく、あらゆる分野で潮流となっていくだろう。

 今後もこうした様々な渋滞の解消に向けて、分野を超えてアイディアを議論し、現場で実践をしながら研究を進めていきたい。

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