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源氏物語の私的解釈

主幹研究員 加藤竹彦

 源氏物語を題材にした書籍を立て続けに2冊読んだ。原文ではないし、近現代の作家による現代語訳でもない、あくまで関連書籍である。これまではその程度のものにさえ接する機会がなかった。古文の授業で読んだ原文はまるで理解できなかったし、登場人物が複雑で全体像すら把握できず、従って、日本文学のルーツともいえるこの作品に関する知識は、ほとんど持ち合わせていない。

 おかげで今回、どんなことが書かれているのか知ることができた。光源氏が50歳以上まで生きていたこと、物語はその一生と、彼の死後、次男である薫の君が成人して以降のことまで、つまり二世代に渡って語られている作品であることを、恥ずかしながら初めて知った。

 この作品の高い芸術性や、歴史的な意義に関して疑問をはさむ余地はない。ウィキペディアによれば、現存しているもので54帖、100万文字、22万文節、400字詰め原稿用紙でおよそ2400枚、500名にもおよぶ登場人物、70年余りの出来事、800首弱の和歌という。その壮大なスケールだけでも驚嘆に値する。当時の読者は宮廷の皇族、貴族、女官たちであり、物語の設定はその日常をかなりリアルに模していると察する。身のまわりで起きている出来事を題材としたドラマを見ているかのようで、読者はきっと大興奮したに違いない。

 だが、古文音痴なりの疑問がわく。作者はなぜ「こんな」作品を書いたのだろうか。文才は申し分ない。着想もすごい。当時の恋愛感や結婚のあり方などが現代とはかなり違うのも理解する。そのうえで、どうしてこんなドロドロの背徳男女愛憎劇を題材にしたのだろうか、と思う。もう少しスマートな内容でも書けたはずである。現に当時存在していた「竹取物語」や「宇津保物語」はそれなりのストーリーではないか。

 作者といわれる紫式部が女性であるという点も不思議だ。当時の女性が王朝小説を書く背景があったとして、また女性なりの奥ゆかしさ、繊細な筆致、表現力も確かにあるだろう。それにしても、だ。ここまで書いちゃっていいの?というのが素朴な感想だ。それとも、このネタで書き上げたからこそ超一流なのか。

 以下はゲスの勘繰りである。私なりの推理では、もしこれを女性が書いたのだとすれば、その理由は、こうしたことが実際に起きて、その当事者が鞘当てとして恋愛小説にアレンジして流布させたかったか、もしくはこの内容で書かなくてはならない事情があったか、である。いや、それよりむしろ、本当は男性が書いたのでは、という疑いが捨てきれない。作者が男性なら納得できなくもないのだが。

 そうした疑念を抱きつつ、ウィキペディアを読むと案の定、作者や執筆動機などに諸説あることがわかった。作者については、男性(源高明)だとする説、途中で作風が変わるので複数の作者がいたとする説、紫式部の娘が書き継いだという説などがあるようだ。

 ちなみにもうひとつ興味深かったのは、落帖があるとする説だ。桐壷と帚木のあいだに「かがやく日の宮の巻」があったのでは、というのである。だとすれば、第一巻と第二巻の間が欠けていることになる。話の展開に関わる、まさに重要な部分ではないか。いずれにしても、一千年も昔のことであり、今後よほど新たな発見がない限り、真相はつかめないだろう。

 ともかく、この歳になってやっと感じるのは、原文を口にしたときの、意味はわからなくても小気味よいほどの簡潔さや文章の流麗さである。これこそが、日本文学のレガシーなのだろう。

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