ガーデニングで町おこし 2003年9月3日

「海洋国家論」で著名な早稲田大学の川勝平太教授は最近「庭園国家日本」を提唱されている。日本経団連の昼食懇談会で先生の話を聞き、触発された。東京の家を処分され、軽井沢に花一杯のイングリシュ・ガーデン風の庭を有する広い邸宅を作られたというので拝見にも訪れた。
先生は、これまでの高度成長期の潮流は都市化(アーバン化)であったという。都市化の進展は、都市には過密問題を、農村には過疎問題を生み、地方都市は「ミニ東京」と化した。工業化以前の日本では、水、緑、大地を大切にする伝統文化があり、都市は農村と融合した「農村都市」であり、町は水、緑、花にあふれていた。これからの日本の都市を「コンクリート化」から解放し、水と緑と花の桃源郷にすることを究極のゴールとする「ルーラル化」の方向に進むべきと主張されている。その第一歩が、緑、土、水、花に親しむこと、これが「ガーデニング」であるという。ガーデニングは植木鉢一つで誰も始められるのである。
軽井沢の川勝邸は自らの実験の場であるが、時々お庭を一般公開して、ボランティアの人々の協力を得て、新しいコミュニティをつくっておられる。
▲ 「恵み野ニュータウンの美しく整備された庭」
今回、札幌近郊で、ガーデンニングによる街づくりの現場を見た。先ずは、札幌の隣町、恵庭市(自衛隊の街として有名)の「恵み野ニュータウン」での試みがある。この新興住宅地は1980年代につくられた街であるが、建物が古くなっても美しく魅力的な街でありつづけるにはどうしたらよいかの答えを求めることに端を発し、街づくりが始まった。北海道開発庁の示唆もあって市民、行政が、ニュージランドの庭園都市クライストチャーチを視察、この報告会による市民の啓発をきっかけに、「花の街づくり」の機運が市民の間で高まった。今では「恵み野フラワーガーデンコンテスト」が毎年開催される。これは道路から見る庭の美しさを競うものである。最近では、自分の庭ばかりでなく、歩道にも花が植えられ、家を囲む街全体の景観が年を追うごとに美しくなってきているという。
恵庭駅には、手作りのウォーキングマップがおかれており、他地区からこの街の景観を楽しむために来る人々が増えている。また、この街の中で営業している草花の苗、種を売る店も繁盛している。草花の販売のみならず、ガーデニング教室やコンサルタントも行っており、更には英国調ティーラウンジを開き、コミュニケーションの場を提供している。この店のガーデンでは、時々ミニコンサートも開かれ、コミュニティつくりにも一役買っている。「花の街づくり」は地場産業の活性化にもなっている。
川勝理論によれば、「庭園国家作り」の次の段階は都市と農村の相互交流をはかり、都市全体の園芸化、農芸化をはかることである。都市の景観を「園芸都市」にして、農村を「桃源郷」にすることであると。
今回の視察で、この「園芸ルネッサンス」の変化を、恵庭市近隣の町、長沼町と由仁町においてもその片鱗を見た。
人口約7,800人の由仁町は、生活に潤いのある町作りを目指し、町の目玉になるプロジェクトを商社の力を借りて起こした。ハーブを中心に据えた街づくり構想である。ハーブはガーデニングの重要な要素であり、農村のみならず都市に生活する人にとっても興味深いものである。幅広い年齢層、特に女性に人気があるなどの理由で、北の大地が連想される英国スタイルを基調とした面積約14ヘクタールのハーブ園が開設された。地域住民の参加を促すため「ゆにハーブの会」を結成し、ハーブ及びガーデニングを核に都会と田舎の共生、交流の輪を広げた。ハーブガーデンは開設して2年経つが、年間15万人の来園者があるという。また、ここで、全国にガーデニングを広めようとの志を持つ市町村首長のガーデニング・サミットも開かれた。心と体を癒すガーデニング文化が徐々に広まっていく手ごたえを町長は感じている。
▲ 「由仁町の優良田園住宅の1棟」
また、町長は都市と農村の交流を一層深めるため「優良田園住宅」構想の実現に着手している。平成10年「優良田園住宅の建設の促進に関する法律」の施行をきっかけに、都市生活者の定住を図るため、荒廃する恐れのある農地を菜園にも活用できる宅地の提供を考えた。住宅建設には、住宅希望者、建築家などの専門家、地元農家など参加するコーポラティブ方式を採用。そのため土地取得前にコミュニティの形成が可能になり、5倍以上の競争率になったという。
その隣町で、農業を主産業とする長沼町(人口12000人)も由仁町と競うが如く、「美しく豊かな田園が光る街づくり」に懸命になっている。緑、水、花をキーワードにした農芸化の方向は由仁町と大きく変わらないが、都市と農村の交流を盛んにするため高度情報化の推進に力をいれている。公共施設間は光ファイバーで結び、点在する農家間は無線LANでつながれ、花の販売、栽培管理、気象情報などにネット利用がなされている。
1999年に「食料・農業・農村基本法」が策定され、農村を農民だけのものから、全国民的観点から捉え直すことになったが、優れた首長のリーダシップのもと変化の胎動があることは事実である。
以上