中国による岩礁等の埋め立てに関する法的・地政学的観点からの考察
6月24日、笹川平和財団 海洋政策研究所 研究員の倉持 一氏が「中国による岩礁等の埋め立てに関する法的・地政学的観点からの考察」と題して講演を行った。以下は講演内容の抄録。
1. はじめに
笹川平和財団海洋政策研究所は今年4月に日本財団系列の旧笹川平和財団と旧海洋政策研究財団が合併してできたアジア最大規模のシンクタンクである笹川平和財団内の一部門である。私は同研究所内で海洋安全保障を、国や地域にとらわれず横断的に調査研究している。
本日は、最近盛んに報道されているように、中国が岩礁等を埋め立てて人工島を建設しているが、その背景と意義、埋め立ての現状、法的観点からの考察、地政学的観点からの考察などについてお話しする。
2. 埋め立ての背景と意義
習近平政権によって中国の海洋戦略が大きく変わってきた。これまで中国は海軍力をあまり重視していなかったが、全国海洋工作会議という海洋活動を決める会議で、習近平はこれまでの「海洋立国」から「海洋強国」と言い出した。そうした状況下で埋め立てを行っている。
これに対して、国際社会から懸念が表明されており、G7の外相宣言でも「威嚇や力により領土の権利を主張するいかなる試みにも強く反対する」と述べている。実はこの表現は若干不正確である。中国は、埋め立てはしても新たに領土を主張しているわけではない。領土の権利を主張していると西側は解釈しているだけで、中国の立場とは違っている。
米国の太平洋軍司令官は「砂の万里の長城を築いている」と表現している。さらに「アジア太平洋地域が対立に向かうか協調に向かうかは中国の行動次第」と述べ、米国としては強い意思表示をしている。
これに対して、中国海軍トップは、「航行や飛行の自由を脅かすどころか気象予報や海難救助などの能力向上につながる。国際海域の安全を守るという義務を履行するため」であり「将来、条件が整った際は、米国を含む関係国や国際組織が施設を利用することを歓迎する」と、埋め立てを公式に認めたうえで、国際公共財として使えるものだと主張している。また実質上の海軍ナンバー2である人民解放軍の副総参謀長は先のシャングリラ会議で、「南シナ海での岩礁埋め立ては完全に中国の主権の範囲内で道理にかない、合法だ」と述べている。
フィリピンとベトナムはステークホルダーであり、中国と対立している。フィリピンは2013年1月、埋め立てや領有権主張に対し、国際司法裁判所に提訴した。ベトナムは2014年6月に提訴を検討していると表明したが、現時点で提訴していない。
3. 埋め立ての現状
南シナ海では、各沿岸国が自国の基線(干潮時の地面)を基点として、領海(12海里)・経済的排他水域(EEZ、200海里)を主張しているほか、実効支配中の島嶼を基点とした領海・EEZを主張している。南シナ海は狭いため、沿岸国の200海里は重なってしまう。
中国は領海・EEZとは全く異なる「九段線」というものを主張しているが、これが何かについては、中国は明らかにしていない。「九段線」が台湾の横にもう1本増えて「十段線」になったり、過去の地図によっては11本であったりする。彼らはこの線に何かしら意味を持って行動している。
ちなみに海南島は中国固有の領土で、海南省がある。西沙諸島の一部は海南島から200海里以内のところに位置するので、中国は南沙諸島より西沙諸島により強い法的権力を持っている。しかしあえて今、南沙諸島で活動している。より困難な状態のものを先にクリアし、後で西沙諸島に手を付けるのではないかと推察される。
スプラトリー(南沙)諸島はいろいろな国が実効支配している。中国が実効支配しているところは意外に少ない。話題になっている埋め立ては、赤枠で囲んだところで行われている。中国がこの辺で沢山ある場所で体制固めをしているように考えがちだが、実際には他の国の実効支配地域のほうが多い。
中国による埋め立て例を紹介する。
ガベン礁では6階建ての建物を建設している。サンゴ礁の上に砂をもってきて陸地を形成し、その上に建物を建てている。クアテロン礁やジョンソン礁でもかなり大きな建造物を構築している。
スビ礁は環礁であり、周りを埋めて水を抜き、そこに砂を入れている。これまでは民間船しか見当たらず、民間船が下請けで作業を行っていると思われる。
ファイアリークロス礁では滑走路を作っているのではないかと言われている。サンゴ礁のかたちがよく、長さ3キロ、幅200~600メートルの陸地が完成している。
石碑を埋めている画像を中国が公表したが、砂が深くまで白い。どこかから砂を持ってくるのではなく、海底から砂をポンプで吸い上げて入れているだけと思われる。
4. 法的考察
国連海洋法条約(UNCLOS)は1982年に採択された法律で、海洋法の包括的、一般的な秩序の確立を目指している。2014年9月現在、166の国や地域が締結しているが、米国は加入していない。米国はUNCLOS同様、領海は12海里、EEZは200海里と自主的に決めている。UNCLOSには規定がたくさんあるので、それに縛られてしまうので加入メリットがない、というのが加入していない理由と考えられる。UNCLOSに加入していないから、南シナ海の問題に関して米国は枠外の立場だと中国は主張している。
UNCLOSで重要なのは島、岩礁、暗礁、人工島の定義である。実は岩と島の定義で整合性が取れていない。人間の居住または独自の経済的生活を維持することができる岩は島なのか。日本にとって一番影響が大きいのは沖ノ鳥島である。中国は岩だと言っているが、あれが岩となると200海里の円周で日本は広大なEEZを失ってしまう。この定義の不整合性が大きな問題になってくる。
暗礁は領土、領海が認められないが、EEZに存在する暗礁には建造物を建ててもいいことになっている。ただ南沙諸島は、中国領土と認められている海南島から200海里以上離れている。また埋め立ててできたものは人工島というが、島としての地位を有しない。つまり、中国はいくら埋め立てて建物を建てて経済的な活動をしても領土領海は主張できない。UNCLOSの規定からすると彼らのやっていることには意味がない。中国もそのことは理解しているのか、領土領海を主張していない。
UNCLOSの解釈・適用に関する紛争の司法的解決のために国際海洋法裁判所が設置されているが、紛争当事者双方が解決のための手続きをしない限り、仲裁のみが要求可能である。フィリピンは提訴したものの、中国が同意しないのでフィリピンは仲裁を要求した。だが、「海洋の境界画定に関する解釈もしくは適用に関する紛争または歴史的権限に関する紛争や軍事的活動については、紛争当事者は調停手続きを拒否できる」という定義もある。従って裁判もできないし、調停さえもできない。ベトナムはなぜ提訴しないかというと、国際的にアピールはできても実質的に裁判に進まないのを見越して手続きを止めているとみられる。
もう一つ問題なのは、国際海洋法裁判所や仲裁裁判所には強制執行能力がないことである。法的に訴えられても調停手続きしかできない。領海問題に関する限り調停手続きさえも拒否できる。万一中国が裁判に応じ、負けても強制力がない。これらを見越して中国は強気に出ていると思われる。
5. 地政学的考察
次に地政学的に、中国がなぜこんなことをしているのかを考察する。
習近平は最近、「新シルクロード戦略(一帯一路)」を打ち出している。それは2013年にシルクロード経済ベルトという、中国西部からカザフスタンを抜けて西ヨーロッパに抜ける陸路と、海上シルクロードで構成され、中国とヨーロッパを結ぶ経済的な動脈ルートだと言っている。海上シルクロードは南シナ海からマラッカシンガポール海峡かロンボク海峡を通ってスリランカ、ナイロビを経由する。
また戦略的辺彊といって、中華人民共和国には建国以来、国力増大に伴って戦略的な国の境界(辺彊)をどんどん外に拡大していくという海軍戦略がある。
さらに南シナ海の島嶼において、南沙諸島で領土領海を争っている国々の中で滑走路を持っていないのは中国だけである。南沙諸島のパワーバランスで中国は自分が一番不利だとみている。中国は海洋強国として今まで以上に南シナ海を下がっていかなければならないのに、滑走路を持っていない状況を何とかして改善したいのだと思う。これを私は「中国版リバランス」と呼んでいるが、南沙諸島で兵力を動かす力(兵力投射能力)の強化を考えている。一方、中国は海南島を基点とする領海・EEZは国際法上認められた権利であるため、中国の行動すべてが国際法違反でもない。もし南沙諸島でやっていることを西沙諸島でやると、中国の立場は一層強くなる。先程述べたように、遠い方からリバランスしている。遠いところで不利な状況を改善させて、次に西沙諸島で同じようなことをやろうとしているのではないか。
もう1点、ニコラス・スパイクマンの「アジアの地中海」という考え方を紹介する。
1943年に出した本のなかでスパイクマンは、台湾とマラッカシンガポール海峡の西側とオーストラリアの北側を結ぶこの海域をアジアの地中海を呼び、中国はいずれ必ず進出してくるので米国は戦争終了後すぐに日本と同盟を結びこの海域でのプレゼンスを中国から守ることを提唱している。これは予言のように当たっている。
6. 結論
UNCLOSには領有権主張や海洋境界画定問題に関する管轄権や実効性担保に大きな疑問が残る。法的な考察からは中国の行動に有効な対抗手段がない。埋め立てに関しても、中国がUNCLOSに明確な違反行為をしているわけでもない。また米国はUNCLOSに加入していないため、厳密に言えば、南シナ海に関しては法的に外野の立場である。
今後、中国の強硬な態度を牽制するため、どうしたらいいのか。ひとつ提起したいのは、世界が一致団結して環境保護の観点から法的に対応してはどうか。UNCLOSでは「すべての国家に海洋環境の保護・保全」を義務付けている。海洋境界画定とは違い、誰かが訴えて調停問題になれば中国は応じる可能性が今よりは増大する。
国際社会が認識しなければならないのは、UNCLOSの管轄権・非拘束力という弱さのため、すべてを法で解決するのは非常に難しい一方、UNCLOSで認められないことはだめなことを中国にわからせることである。特に九段線主張や歴史的権利はUNCLOSでは認めないことを強く主張する必要がある。また、チョークポイント(重要な海上水路)支配の拒絶がある。マラッカシンガポール海峡は公共的な交通路であり、一国が支配はしてはいけないことを認識させなければいけない。
7. おわりに
上記を踏まえて、ウォールストリートジャーナル紙が投げかけた質問に対する私なりの答えを示したい。
① 中国は何を求めているか:
九段線の既成事実化が目的と思われる。戦略的辺彊から地図的辺彊に変えることが中国海軍の大きな野望である。リバランスして南沙諸島における兵力の投射能力の劣勢を挽回することを考えている。
② 米国にとっての問題は何か:
チョークポイントコントロール。米国にとってもこの問題は実に大きく、もしマラッカシンガポール海峡が中国に握られたら、米国は相当動かざるを得なくなる。
③ 国際法は何と言っているか:
事実上、活動を止めることは不可能である。しかし環境破壊行為として対応できる可能性は残されている。
④ 人工島は現在の均衡をどう変えるか:
法的には現状変更をもたらさないが兵力投射能力には大きな変化をもたらす。ただジェット戦闘機をもってくることは当分ないと思う。それは技術的な問題として、ジェット戦闘機を持ってきた場合、整備員も必要だしジェット燃料を持ってこなければならないので給油施設が必要になる。タンカーで運ぶ必要があるが、その割にタンカーが入ることのできる深さがない。また白い砂で埋め立てており、滑走路全面を平らにしてジェット戦闘機の離発着に耐えられる滑走路にゴミがあってはならない。エンジンがごみを吸い込むと重大な損傷がでる。巻き込む砂のことを考えると、おそらくジェット戦闘機を飛ばすのは不可能か相当程度先になるだろう。他の国が南沙諸島に有する滑走路でもすべてプロペラ機が運用されている。
⑤ 発火点はなにか:
もし滑走路を運用し始めたら、この地域の安全保障環境が大きく変わるので、米国が黙っていることはないと思う。そのとき、日本はどうするかを考えなければならない。
(文責:加藤)