かくして我らが祖先は眼を手に入れた
主幹研究員 加藤竹彦
松果体と聞いてそれが何であるか説明できる方はまれであろうし、関心も薄いであろう。だが、このグリーンピースほどの小さな器官にまつわる話は実に興味深いのでご紹介したい。
松果体はあなたの頭の中、しかもど真ん中に位置している。松果体は最近まで、左右に分かれていない唯一の脳の器官であると信じられてきた。このため、一部の哲学者からは何か神秘で特別な役割を持つ器官ではないかと考えられていた。なかでもデカルトは、松果体を「魂のありか」と呼び、物質と精神が松果体を通じて相互作用するとした。
ヨガの世界でチャクラ(身体の中枢)という言葉がある。第6番目のチャクラは眉間に位置するが、松果体を指しているのではないかといわれている。松果体を鍛えるとテレパシーが使えるようになると信じる人もいる。
松果体はメラトニンという、睡眠と関連するホルモンを分泌している。日中、強い光を浴びるとメラトニンの分泌は減少し、夜、暗くなってくると分泌量が増える。ちなみにメラトニンは、米国ではサプリメントとして広く販売されており、不眠症や時差ボケの解消など睡眠障害に効果があるとされる。
ところで、松果体はその発生源が、頭頂眼という、光を感知する器官と同じである。頭頂眼、すなわち頭の上に位置する眼は、今日ではヤツメウナギやトカゲの一部に存在が見いだせるものの、その機能は進化することなく、ほとんどの種では消失してしまっている。
受精後に胚から成長する過程で、左右対称に分化していくような動物共通の形態の変化が見られるが、この過程で頭頂眼なる「眼の元」は、元々は左右に2つ並んで存在する。だが、狭い間脳胞に生じたこれらはやがて、左右にではなく前後に並んで成長する。2つあるうちの片方が松果体となって脳の奥深くに着床し、残る片方は消えてなくなるか、ごく一部の爬虫類やヤツメウナギ類に頭頂眼として残る。
つまり松果体とは、生物がどうしても欲しかった視覚機能の、初期の痕跡ではなかろうか。
はるか昔、脊椎動物の祖先は、頭頂眼によってなんとか光を感知できるようになった。しかしそれでは飽き足らず、世界をありのままに見たいという切なる願いが、やがて外側眼という、今日の眼に相当する機能を手に入れるまでに至った。それはカンブリア紀にさしかかる時期で起きたとされる。視覚を手にした生物はその後すさまじいほどに進化を遂げた。つまり「カンブリア爆発」と呼ばれる生物の多様化の要因は、視覚という機能にあったと唱える学者もいる。
仏様の額には白毫と呼ばれる丸い突起がある。これは文字通り白い毛のことで、右巻きに丸まっており、伸ばすと1丈5尺(約4.5メートル)あるとされる。ところが一方でそれは光を放ち世界を照らす「第3の目」とも言われている。
もしかしたら松果体は、真実を見つめるための眼差しの証しなのかもしれない。