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黒のモーゼ

主幹研究員 加藤竹彦

 米国では2020年に新しい20ドル紙幣が発行される予定だが、そこに初めてアフリカ系アメリカ人の肖像画が使われることになっている。その人物は「黒のモーゼ」こと、ハリエット・タブマンである。タフな奴隷解放運動家で「女モーゼ」とも呼ばれている。

 ご推察の通り、彼女の人生は波乱万丈だった。メリーランド州の黒人奴隷の子として生まれ、5歳頃にはメイド兼子守りとして働き始める。ウィキペディアには「奴隷監督から頭部に受けた殴打は後遺症を残し、生涯ナルコレプシーとてんかんに悩まされることになる」とある。

 1850年代の米国は、奴隷制度の存続をめぐって南北間の対立が激化していた。南部は欧州への綿花の輸出が産業の中心で、黒人奴隷によるプランテーション栽培が経営を支えていた。一方、北部はすでに工業化が進展しており、流動的な労働力が求められていた。このため、1804年には北部の全州で奴隷制度は廃止されていた。

 厳しい労働に耐えられず、逃亡をはかる黒人奴隷が増えてくると、クェーカー教徒や一部の人権保護主義者らによって、逃亡した奴隷を支援する「地下鉄道」(Underground Railroad)が組織された。1860年に入ると南北間の対立は決定的となり、5年におよぶ戦争が繰り広げられることになる。

 タブマンもメリーランドからデラウェアまでの145キロを一人で歩いて逃亡。その間、神に「私はあなたに堅く目を向けます。ですから私を見守っていてください」と祈ったという。逃亡の際にジョン・ブラウンやフレデリック・ダグラスといった奴隷制度廃止運動家と交流を持ち、のちに自らも地下鉄道で逃亡者を助ける身となった。

 当時は逃亡を幇助することは逃亡奴隷法によって禁じられており、また逃亡者は殺されても罪に問われなかった。こうした厳しい状況にもかかわらず、彼女は数十人から数百人の奴隷を逃がしたと云われ、4万ドルの懸賞金がかけられた(100ドル程度との説もある)。

 古代エジプトで奴隷となっていたイスラエル人をカナンの地へ導いた預言者モーゼにちなみ、急進的な奴隷廃止論者ウィリアム・ロイド・ガリソンから「モーゼ」というニックネームを付けられたタブマンは、南北戦争中にはコックや看護婦として働く傍ら、北軍のスパイとしても活躍、さらにはコンバヒー川の戦いにおいて北部連合軍を指揮し、サウスカロライナ州の奴隷700人を解放することとなった。

 ある日、タブマンはメリーランドで働く両親を救うための資金を得ようと、奴隷制度廃止派オリバー・ジョンソンのニューヨークにある奴隷事務所を訪れた。

「20ドルが必要なんです」

「20ドル?よりによってなぜ私のところに?」

「神のお導きです」

「どうやら見当違いだったようだね」

「そんなことはありません。20ドルいただけるまではここを動きません」

 結局、オリバー・ジョンソンは彼女を無視したが、このことを知った人々は、彼女が眠っているうちにポケットにそっと60ドルを差し込んだ。その金でメリーランドへ向かい、両親を自由の身にした。93歳で死去。臨終の際には、仲間や助けられた人々、支援者が集まり「スイング・ロウ・スウィート・チャリオット」を歌ったとされる。

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