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しょったん応援記

主幹研究員 加藤竹彦

 映画版「泣き虫しょったんの奇跡」は、瀬川晶司五段の自伝的小説を原作にしているが、原作を忠実になぞり過ぎたせいで意外性に乏しく、期待したほどの感動が得られなかった。本作のように、結果がすでにわかっている作品の場合、脚本でどこかに見せ場を作らないと、筋を追うだけの展開に陥りやすい。

 それでも、豊田監督自身がかつて奨励会に所属していたこともあり、やや誇張があるものの、将棋に賭ける若者の熱気や殺気立つ対局風景がよく現われていた。テレビの将棋番組や公開対局を見慣れている方には、現役のプロ棋士が数多く登場していることや将棋会館が撮影現場として使われていることはすぐにわかる。なお、映画では瀬川氏が勤めていた会社のことには触れられず、巻末のテロップでかろうじてNECのロゴがみられた。

 新進棋士奨励会は将棋において全国から神童中の神童が集まる養成機関である。奨励会の初段ともなればアマ名人クラスの実力ともいわれる。三段リーグは、そのさらにトップクラスであり、プロとして認められる四段になる道は険しい。毎年上位2名しか昇段できないし降段もある、まさに「死のリーグ」である。それを最短の一期で抜けたのは、藤井聡太七段を含め、過去にわずか6人のみである。互いにしのぎを削るたたかいが、映画を通じて多くの人たちに理解されることを望む。

 いうまでもなく、瀬川氏は奨励会の年齢制限により四段になれなかったが、プロ編入試験で合格してプロになった。四段に上がれなかった元奨励会員が、特例を望む嘆願書を提出してまでプロになることに、大いなる葛藤があったことは想像に難くない。現役の奨励会員が彼をどう思うか、その迷いをどう克服して試験に臨むのか、映画では丹念に描かれていた。

 そもそも、既存のシステムを変えさせるほど、瀬川氏の成績がずば抜けてすごかったのだ。アマ名人を獲得して以降、嘆願書を提出した当時はプロとの対戦成績が17勝6敗というから、もはや実力はアマチュアレベルをはるかに超えていた。

 1944年にまで遡れば、賭け将棋で生計を立てる「真剣師」であった花村元司が、プロ五段試験を受け、6番勝負で指し分けてプロに転向したという歴史もあるので、プロ編入試験でプロになった棋士は瀬川氏が初めてではない。だが、奨励会制度が確立している今日に、プロ編入制度という新たなルールを設けた2006年当時の米長邦雄将棋連盟会長の英断も立派である。ちなみに花村は、定跡型をはずし力戦型に持ち込む気風から「妖刀使い」と呼ばれ、九段にまで昇り詰め、60歳でA級棋士にもなっている。

 瀬川氏はプロ編入試験という道を開き、アマ七段の実績を持つ今泉健司氏が彼に続いた。両者の今後の活躍を期待してやまない。

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