「世界の電子部品・機器生産基地」として成長続ける揚子江経済圏
時事IT情報
国際社会経済研究所 原田 泉
現在、EMS(Electronics Manufacturing Services:電子機器受託製造サービス)等の電子部品・機器の生産拠点として中国華東地域、特に上海から南京にかけて連なる「揚子江経済圏」が注目さえている。EMSとは、自社ブランド製品は持たず、外部企業の委託を受けて、工場(生産)機能に特化し、電子部品・機器の量産を行う企業のことで、多数のメーカーから委託を受けることで規模を活かし、より安価に製品製造ができるのである。米国で80年代に始まったアウトソーシングサービスの一形態で、米国ソレクトロン社がよく知られている。また、最近のEMSは、工場および要員の提供だけでなく、生産のスピードの他、多品種少量生産や設計から出荷までも請け負うといった生産工程に付加価値を提供するサービスも行っており、いわゆる「下請け」や「OEM」(Original Equipment Manufacturer:相手先ブランドによる製造)が、あくまで委託先との部品・製品の売り買いである点で異なっている。
■海外の投資は華南から華東地域へ−特に揚子江経済圏が電子機器生産拠点として成長
8月にこのEMSと電子部品生産の実態調査に「揚子江経済圏」の中心都市である上海、昆山、蘇州、無錫の開発区およびそこにある外資系企業(台湾系も含む)を現地調査し、比較の意味から華南地域である香港、東莞、アモイ、台湾の台北にも足を伸ばしてヒアリング調査を行った。
中国の開発区は、シンセンや広州市の周辺のいわゆる華南地域からその隆盛は始まった。現在でも、この華南地域の生産拠点を背景に多くの企業は香港にIPO(国際部品調達業務 IPO(International Procurment Operation)を置き、電子部品の調達を行っている。ここでは、一般的には労働集約的な作業が中心で、家電の組み立て等に優位性を発揮してきた。内陸地域から、2〜3年間の単位で出稼ぎに来ている労働者が多く、その質は必ずしも高いとはいえない。最近になって、既に企業進出に飽和感があり、治安悪さや汚職、法外の徴税等の問題もあって、海外の直接投資が華南地域から華東地域へシフトしている。
その中でも特に「揚子江経済圏」には、多くの大学や研究所が存在し、優秀なエンジニアが現地で雇用でき、また、治安もよく、比較的質の高い労働者が近郊から供給できてことから、設計・開発を含む華南地域より一段レベルの高い電子部品・機器の「もの造り」が行われているのである。
特にこの2〜3年、世界の情報化、中国国内でのインターネットや携帯電話の急速な普及に合わせるかのように、この地域が電子部品・機器の生産の拠点として大きく成長し、電子部品・機器の世界的製造ネットワークの一翼を担うまで至っているのである。
■ブロードバンド環境で電子通関−早晩中国国内企業に普及
また同経済圏にある昆山、蘇洲、無錫の開発区では、先進的なインフラ作りを行っており、たとえば、通信ではADSLや光ファイバーを敷設しブロードバンドの環境を提供し、通関も開発区毎に電子通関を導入して、4時間から24時間以内で全ての通関業務が現地で完了するのである。これらは、日本を上回る環境だ。
実際、米国不況の影響で世界全体の電子部品・機器生産が減速する中、米国ソレクトロン社をはじめ、日本、欧米や台湾の主だったEMS企業やハイテク企業が進出、生産規模拡大を続けている。巨大国内マーケットを背景に、今後「揚子江経済圏」は更に拡大を続け、中国国内向け海外輸出向けを問わず、世界の電子部品・機器の製造工場になっていくことだろう。
今回調査を行った地域の企業は、中国全体から見れば、現在は極少数の最先端部分であろう。しかし、10年前の家電を見れば明らかなように、早晩、このような最先端システムも中国国内企業に普及していくにちがいない。90年代、日本の産業発展が、バブル崩壊とその後の長期的不況により足踏み状態でいたのに対し、中国は毎年10%近い成長を続け、生産水準、技術水準も確実に伸ばしてきたのである。
■若手経営者の多くが欧米企業での経験と、国際的経営手法
他方、中国のWTOへの加盟は、短期的な混乱はもたらすものの、外国市場へのアクセスの機会を与えると共に、自由で開かれた国内経済体制を構築して、中国への投資と技術導入が加速するなど発展のための新たな機会をあたえるものである。外国との厳しい競争こそが、不断の技術革新と新たな経済発展をもたらすことは、既に日本を含めWTO加盟国が等しく経験してきたことである。
また、今回ヒアリングした中国人の若手経営者の多くは、米国での留学経験や欧米企業での経験があり、グローバルな経営感覚と、国際的経営手法を備えている。彼等以上の国際経営に対する知識や経験が日本の経営幹部にあるだろうか。
日本企業はこうしたことをよく認識し、危機感をもって日本の国内外での「もの造り」の体質変換を行わなければならないであろう。単なる「ハード」の生産ではなく、いかに「ハード」に「ソフト」や「サービス」を付加していくか、いかに知識集約的な製品を開発していくかに今後の日本の「もの造り」はかかっていると思われる。そのための方策を、いち早く国と企業が一体となって考えていく必要があろう。