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コラム 「旧雨今雨」

「ささやかな異文化体験」  2012年8月1日


国際社会経済研究所 研究主幹 福地研


子供のころ、8月のお盆の時期には決まって精進料理が出てきたことを覚えている。3日間にわたって肉 や魚が食べられず、正直言って美味しかったという記憶はない。祖父母にその由来を聞くと、せめて先祖の霊が帰ってくるときくらいは無益な殺生はしないもの だということであったが、その真偽のほどは分からない。インドで発祥した仏教の教えが渡来して以来、様々な変遷を経てこのような風習が残ったのであろうと 想像する。

 

もう四半世紀以上も前のことであるが、インドと言えば、入社間もなくのころに面白い経験をした。インドからの来客のアテンドを命じられ、ホテルに迎えに 行ったときのことである。その客人は、半ば驚いたような顔つきでいきなり「あなたは僧侶か?」と切り出した。まさか袈裟を着て客人を迎えた訳でもないの に、「僧侶か?」と聞かれ大いに面食らった私は、しばらく逡巡して「いや、普通のビジネスマンです」と答えたように記憶している。何故、彼はそんな質問を したのか。種明かしはこうである。当日私は風邪を引いており、マスクをつけていた。客人はそのマスクを見て、質問をぶつけてきたのである。彼曰く「インド 人の大半はヒンドゥー教徒で、私もそうです。ヒンドゥー教徒と言っても生活様式は多種多様ですが、私は非常に戒律の厳しいヒンドゥー教の家庭で育ちまし た。例えば肉や魚は一切食べない菜食主義を守っています。なぜ、あなたに僧侶かと聞いたのは、私がお参りにいくヒンドゥーの寺院にいる僧侶がマスクをして いるからです。そこの寺院では殺生を厳しく戒めており、口から虫が入って殺すことを避けるために、あなたのようなマスクを付けているのです」。なるほど、 風邪用のマスクが僧侶のマスクに見えた訳だ。それから数日間、菜食主義者の来客のために、食べ物やレストランを探すのに苦労したが、カレーとターバンくら いしかインドの知識を持っていなかった浅学無知な私にとって、得難い異文化体験になった。 

 

昨今ではテレビの番組で世界各国の風俗習慣が紹介され、パソコンの検索エンジンという便利な道具によってほとんどの情報は習得できる。しかし、机上の情報はすぐに忘却の彼方になってしまうが、自身で体験したことはいつまでも心の隅に残っているものである。