英国Fintech最新事情に学ぶ
主任研究員 名倉 賢
金融とITを融合させた新しい金融サービス“Fintech”が日本でも注目を集めるようになってきている。国際社会経済研究所ではFintechの持つ潜在力に注目し、今年度当初よりその調査を進めている。10月には英国ロンドンを訪問し、Fintech支援団体である”Innovate Finance”、”FinTechCity”と”Accenture Fintech Innovation Lab”の3か所 を訪問取材した。本レポートではその取材結果を踏まえたFintechの動向およびNECに対する示唆などを述べる。
1. Fintechとは
Fintechとは、技術(Technology)の力で、金融(Finance)を消費者にとってより利便性の高いサービスへ発展させようという動きである。2014年、特に米国において、Fintechスタートアップへの投資額が急増し、さらに既存の金融機関側でもFintechに対する脅威論が高まったことで人々の注目を集めるようになった。
1.1 Fintech隆盛の背景
現在のFintech隆盛の背景として、2008年に発生したリーマンショックの余波とITシステム開発コストの大幅な低下の2つの要因が指摘できる。
2008年のリーマンショックによる金融危機では多くの金融機関が経営困難に陥った。その際、欧米では、税金で金融機関が救済された一方で、一部の金融機関は収益維持を最優先させて、口座維持手数料を引上げるなど消費者を無視するような行動をとった。このような金融危機時の対応のまずさにより、人々の既存金融システムに対する信頼を失わせたことが、Fintechという代替サービスを欧米社会が受容する上で重要な伏線となっている。
また、技術的にはクラウドやオープンソースなどの普及に伴いITシステム開発コストが継続的に低下したことも大きい。新しいサービスを低コストで開発できるようになったことで、Fintechのような後発組でも大企業がひしめく金融サービス市場に参入できる環境が整ってきたのである。
1.2 金融弱者の救済
Fintechを理解する上では、「消費者視点」が大変重要になる。
金融は規制産業であり新規参入による競争が少ないため、顧客である消費者よりも金融機関側のほうが力関係上優位に立っているケースが少なくない。したがって、既存金融の弱点として、どうしても消費者的視点が欠けがちになる。例えば、過去からの商慣習やレガシーシステムの維持コストのために、既存の金融システムでは、「ブラックボックス的な審査プロセス」や「高額な海外送金サービス」などが残されていた。
長い歴史の中で金融システムに蓄積されたこのような歪を、新しいICTの力で修正して、消費者にその利益を還元することがFintechの目的である。言葉を変えれば、現状の金融システムでは不利な扱いを受けている金融弱者を救済することがFintechのテーマといえる。
*我々が招待されたロンドンのあるFintechインベントでは、スタートアップからの若い登壇者が、”Don’t let the banks stop you”と書かれたスライドを掲げて「既存の融資審査プロセスの不透明性、一部金融機関の高額な手数料などから人々を自由にすることが目標であり、起業の動機である」と多くの投資家たちの前で堂々と説明していた。
(出典:筆者撮影)
2. ロンドンFintech事情
2.1 ロンドンFintechの隆盛
ロンドンは、欧州におけるFintechの一大集積地へと近年急成長している。
コンサルティングファームのアクセンチュアによれば2014 年の全世界のFintech 企業への投資額は121.1 億米ドルと前年の40.5 億米ドルから約3 倍と急増した。地域別では、米国内が98.9 億米ドルと全世界のFintech 投資の依然約8 割を占めているが、英国とアイルランドは合計6.23 億米ドルで、これは欧州域内でのFintech 投資の42%を占める。この6.23億米ドルの大部分がロンドン拠点のFintechへ投資されたとみられる。
(出典:アクセンチュア)
ロンドンは、約4 万社の金融関連企業と約35 万人の雇用を生み出す世界トップクラスの金融セクターを擁する。この既存の金融セクターと、2010年末に現キャメロン政権のもと打ち出されたEast London 地区でのTechCity構想がうまく結合したことが、現在のロンドンFintech隆盛の背景となっている。政府によるFintech 支援策が充実している点が、米国にないロンドンの特徴といえる。
2.2 ロンドン成功の要因は巧みな金融規制とカタリスト(触媒)の存在
ロンドンでのFintech成功の要因は、金融行動監視機構(FCA)による巧みな金融規制政策とカタリスト(触媒)となる支援者の存在の2つである。
① 当局による巧みな金融規制政策
まず金融行動監視機構(Financial Conduct Authority)についてだが、FCAが非常に巧みな金融規制を行いFintechなどによる自由な金融サービスの競争を促している。なかでも、 FCA自身が銀行API(アプリから残高照会などのサービスへ直接アクセスするためのインターフェース)の標準化を先導しているなど新しい金融技術への理 解が高い。
また「FCAは、英国の金融は寡占状態にあり競争が少ないことが問題であると認識しており、Fintechのような新しい競争者が参入 することが望ましいと考えている」というのがロンドン関係者の共通した見解である。この点では、「金融は過当競争にある」として、銀行合併を推進する日本 の金融庁とは全く認識が反対である。
② カタリスト(触媒)の存在
もう一つはFintechを応援するカタリスト(触媒)の存在である。
“Innovate Finance”が入所している“Level39”やアクセンチュアの“Finance Innovate Lab”は、スタートアップ企業の成長を支援するのを目的とした組織で一般にアクセラレーター(accelerator)と呼ばれている。ロンドンには Fintech向けのアクセラレーターが数多く存在しており、スタートアップの活動拠点となるオフィススペースの提供から法務や財務でのメンタリング支 援、あるいは直接資本を投入するなどの各種支援策を供与している。
また、”FinTechCity”ではアクセラレータプログラムは供与していな いが、欧州内の注目すべきFintechスタートアップ企業のリスト、”FinTech50”を毎年作成して公表している。FinTech50の宣伝効果 は大きく、このリストに掲載されたスタートアップは投資家をはじめとした世界中のFintech関係者の注目を集めることになる。
2.3. Fintechの最新技術トレンド
ロンドンにおけるFintechの最新技術トレンドは、ブロックチェーン技術とキャッシュフロー予測技術の2つであった。
ブロックチェーンについては、Bitcoinのような仮想通貨への応用よりも、「株式や不動産などの所有権移転を記録する」ことや「複数の組織間で経理台帳を共有する」などの契約・経理分野へ応用することが注目されている。
キャッシュフロー予測技術とは、過去のデータから個人や一般企業の将来キャッシュフローを予測して、事前に資金ショートなどを警告するというものである。借り手となる個人・企業のみならず、融資需要を事前に予測するということで貸し手サイドにもメリットが大きいと考えられる。
3. Fintechの特質と今後
3.1 Fintechの得意分野はコスト削減
金融弱者の救済がFintechの大きなテーマであるが、具体的なビジネスとしては、Fintechは金融取引の①コスト削減、②透明性の確保、③高速化の大きく3つの目標を持っている。
なかでも金融取引に関するコスト削減がFintechの得意分野となっている。既存の金融機関はレガシーシステムの存在がコスト競争力の足かせとなっているが、レガシーシステムの負担がないFintechでは大幅なコスト削減を実現できることがある。2011年にロンドンで設立されたTransferWise社 がその好例である。
TransferWiseは、銀行を介さない海外送金のためのプラットフォームを開発して、低額でサービスを提供している。最も簡単な例で説明すれば、仮にいま為替レートが1ポンド=1.5ユーロであるとした場合、①英国からドイツへ15ユーロ送金する利用者と、反対に②ドイツから英国へ10ポンドを送金したい利用者を直接マッチングすることで、諸手数料を省くというのが基本的なアイデアである。
海外送金はもともと金融機関にとって利益率が高い分野であったが、コストの安いTransferWiseが参入したため、英国では既に「従来型の海外送金サービスは壊滅的(Disruptive)な打撃」を受けている。
3.2 ビジネスモデルイノベーションとしてのFintech
Fintechは、特にビジネスモデルを起点としたイノベーションとしての性格を持つ。
ビジネスモデル研究者の妹尾教授(IISE主催IoT研究会メンバー)はイノベーションの原則として「①従来モデルをいくら改善してもイノベーションは起こらない」、「②イノベーションは従来モデルを駆逐し、その生産性向上努力を無にする」と述べている。
この原則にから見れば、TransferWiseの海外送金サービスはまさしくイノベーションであった。従来の銀行間による海外送金サービスをどんなに改善したところで、TransferWiseのようなP2P型のサービスは生まれてこない。また、銀行やSwiftなどの複数の機関を通過せざるを得ない従来型のサービスではコスト削減には自ずと限界があり、これらの諸コストから自由なTransferWiseのサービスに追随出来ない。
3.3 将来の金融システムは「既存金融システムにFintechが浸透したモザイク状」へ
現状、海外送金や支払い分野でFintechは既存の金融サービスを駆逐する勢いを見せているが、将来Fintechがさらに発展、普及しても完全に既存の金融システムに取って代わることはない。特に、銀行預金を代替することは困難である。
すなわち、銀行免許を交付された銀行の預金口座には公的な預金保険がついている。Fintech側がブロックチェーン技術などを駆使して預金代替物を開発しても、公的な保証が付いた銀行預金の信頼性を凌ぐことは難しい。
したがって、今後もFintechはいくつかの分野で既存金融サービスを侵食していく可能性はあるが、完全には代替できずに「将来の金融は既存の銀行とFintechのモザイク模様」となると思われる。
以上