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Information and Communication Technology in Iran
2019年6月25日、「Information and Communication Technology in Iran」と題して、在日イラン大使館 参事官(学術担当)のSaeed Seyed Agha Banihashemi氏(*)が講演を行った。以下は講演内容の抄録。
(*) テヘランのご出身でインドのバンガロール大学をご卒業後、ボンベイ大学(現ムンバイ大学)で数学の博士号を取得。学術畑でご活躍の後、2005年にイラン外務省のITゼネラルディレクターに就任。2009年から2012年には駐ハンガリー・イラン大使を務める。その後、イラン外務省付属国際関係学院副学部長を経て現職。
1.はじめに
イランと日本の国交は今年で90周年になるが、実は両国の関係は1千年以上も前から続いている。イランの数学者が日本に数学を持ち込んだと言われており、それを裏付ける記録が奈良の博物館に展示されている。イランと日本の関係はこれまでもずっと良好であった。日本の文化や経済、日本人の勤勉さや時間を守るという国民性に対して、我々イラン人は良いイメージを持っている。我々は科学の領域でもさらに日本との関係を広げていきたいと考えている。本日の講演後に皆さまとの関係がさらに深まることを期待している。
2.イランのIT・ICTの現状について
イラン政府は、2000年に情報通信マイクロ電子技術審議会(Council for Information, Communications and Microelectronic Technology)という組織を立ち上げた。この審議会の目的は国内の科学技術の商業化を促すことであり、大学と産業を繋げるという役割を担っている。実際にこの組織が立ち上がって以降、大学と業界の連携が促進され、イランのIT・ICT産業はどんどん発展していった。IT関連のナレッジベース企業も立ち上がっている。
イランのIT利用状況
次の表では、イランのIT利用状況(2015年末)をまとめている。
携帯電話の契約者は約91%と非常に高い。コンピューターを利用できる環境にある世帯は都市部と地方を合わせて約52%、同様にインターネット利用については都市部で約45%、農村部で約18%である。イラン人は日常的にインターネットを利用しており、大学生から「インターネットのない生活は想像が出来ない」といった声が聞かれるほどだ。インターネットを活用してイランの工芸品を世界各地に紹介しようというプロジェクトも進んでおり、ちょうど今週イランの副大統領が来日してこのプロジェクトの説明を笹川平和財団にて行う予定になっている。

イランのICTインフラ
次の表には、イランのICTインフラの状況(2013年末)をまとめている。
国内の情報ネットワークにブロードバンド・インターネット(最低512Kbps)でアクセス可能な世帯の割合は38%(5年前の計画では60%)、海外のインターネットの通信速度は124Gbps(計画では500Gbps)、国内のインターネットは844Gbps(計画では2000Gbps)、一人当たりのキャパシティは260Kbps(計画では832Kbps)である。またインターネット関連サービスに関してここで強調して伝えたいのは、現在国内では18のデータセンターが稼働しているという点だ。

電子政府
イランでは、電子政府にも力を入れている。次のグラフを見ていただければ、イランは電子政府の先進国であるバーレーンや韓国に近づいていることがお分かりいただけるだろう。

IT人材
イランでは、IT・ICT研究に対する関心が非常に高く、大学等でICTを学ぶ学生の割合は年々高まっている。2015年5月の調査によれば、卒業生約700万のうち「ICT関連の専門分野を学んだ生徒数(ICT関連の就職先を探している人も含む)」は約20%(187万人)であった。イランでは民間企業の方が、公的機関よりも給与水準が高いこともあり80%は民間企業に就職している。イランの賃金は中国よりも安いが、物価も安い。例えば日本で一人のエンジニアが6千ドルを得てそれなりの良い生活をしているとしたら、イランでは2千ドルもあれば同じ水準の生活ができる。そういった事情で多くの海外企業が事業をイランに持ってきている。もし条件が整うようであれば、日本の皆様もぜひプロジェクトをこちらに移管してコスト削減することをお勧めしたい。
3.次世代のテクノジーについて
ここからは私の専門であるセキュリティなどの科学技術のお話をしたい。
次世代のセキュリティ・システム「SANA」
私は大学の修士課程と博士課程の時に暗号化(cryptography)の勉強を始めた。今ではイランにも若手の専門家がたくさんいるし、私も多数の大学で教鞭をとっている。だが当時(2000年頃)のイランには暗号化についての講義や研修というものが全く存在しなかったことから、私は当初スイスの暗号化アルゴリズムの研究をしていた。当時、暗号学で最も進んでいたのはエシュロンで有名なアメリカの国家安全保障局(NSA)であった。若手の研究者が先進国と競争するのは非常に大変だと感じながら、私はイランの古い書物を読んでいたところ、非常に美しい暗号のアルゴリズムを発見することが出来た。1千年以上前のイランにも暗号化のシステムが存在していたのだ。私はそこに書いてあった暗号を参考にしつつ、RSA(補:公開鍵暗号と言われる暗号方式の一種)とミックスすることによって新たなセキュリティ・システム「SANA」を構築した。私が後に外務省のIT担当ゼネラルディレクターを務めていた際にかなりのサイバー攻撃を受けたことがあったが、この技術によって攻撃を防御することができた。この種の領域はイランの中で近年急速に発展している。

コンピューターゲーム産業の育成
イランではコンピューターゲーム産業の育成にも力を入れている。テヘラン、サッゲズ(Saqez)、カーシャーン(Kashan)の3都市では現在8つのプロジェクトが進行している。

ビッグデータ支援計画
イランでは、ビッグデータ関連の取り組みも急ピッチで進めている。AIにおいてビッグデータは非常に重要だ。分析や解析のための新しいツールの導入、データセンターや通信ネットワークといったインフラの拡大、ビジネスやビッグデータの専門家育成などに力を入れている。イランと日本は友好国なので、我々のAI/ビッグデータに関する知見や経験をぜひ日本でも活用してもらいたい。
ビッグデータの領域で一番進んでいるのは中国だ。韓国でもAIに対して10億ドルを投資しており、この拠出額はアメリカと同レベルだ。アメリカは中国に制裁を加えることで中国のこれ以上の進展を阻止しようとしているわけだが、仮に第三次世界大戦で軍がAIを使ったならば、戦争は3分で終わってしまうだろう。なぜならサイバーに対して一番力がある国が他の国々のシステム全部を瞬時に破壊できてしまうからだ。
遺伝子解析システムの製造・加工
イランでは、遺伝子を操作して人間の健康に役立てるための取り組みも行っている。私も遺伝子を遡って20世代前の遺伝子を作る研究、つまり生物の遺伝子を解読して人体から疾患細胞を除去するような研究に携わっていたことがある。この分野においても友好国である日本とはぜひ情報共有をしたい。

最先端の暗号プロトコルによる安全な電子取引
コンピュータネットワークやインターネットが普及したことで、我々は普段の活動を電子的に行ったり、遠隔で行ったりすることで、時間をより効率的に使いたいと思うようになった。電子商取引、e-ビジネス、電子政府といった取り組みも急速に拡大している。電子投票や電子マネーなどの電子的な取引は、安全で、正しく、そしてプライバシーが保証されねばならない。安全な取引を行うためには、符号化や電子署名などの古い暗号化ツールでは不十分だ。私は最先端の暗号プロトコルを使った安全な電子取引のシステムをベネズエラで作ったことがある。ベネズエラの大臣はイランのシステムで通信している。もしご興味があれば日本の皆様にもこのシステムをご紹介したい。

IoTの実装
最近ではIoTの導入も進めている。例えば、無人運転、スマートハウス、手術など、家庭内のIoTもあるし医療分野のIoTもある。IoTで一番重要なのはセキュリティだ。自動車に乗っているときにハッカーに侵害されたら高速道路上の自動車は全部事故にあってしまうだろう。首相の情報が全部開示されてしまうようでも困るだろう。イランでは、全ての国民が電子カルテを持っており、どの医師もそのカルテにアクセスして薬剤の処方履歴や病歴等の情報を見ることができる。医療分野はもちろんのことシステム全てにおいてセキュリティは大事である。
教育や普及促進のための活動
ペルシャ式のコンピューター言語やスクリプトの普及や促進と品質向上の為の教育活動にも取り組んでいる。インフラやデータベースの構築や改善、テキスト・音声・画像に関する支援も行っている。かつて私は外務省のペーパーレス活動に関わったことがあるのだが、今ではイランの外務省に1枚の紙も見当たらない。
イランには「3Dミリメーター・ウェイブ・イメージング・システム」といって、高いセキュリティが要求されているエリア内からの不正な物品持ち出しを検出するための新しい技術がある。
さらにイランも日本と同様に地震国で洪水も多いので、ICTを活用して国民に地震や洪水を知らせる取り組みも行っている。
4.まとめ
本日お話させていただいたように、イランではセキュリティを非常に重視しており、巨額の投資をしている。特に医療や金融、あるいは外務省や軍においてセキュリティは大事だと考えている。学習管理システムやビッグデータ分析といったコンテンツの電子化や管理にも力を入れている。モバイルデバイスによる教育、コンピューターゲーム、トレーニングやシミュレーター、バーチャル研究所やデータバンクもある。これらソフトウェア、ハードウェア、セキュリティ全般について、全てはサイバースペース最高審議会が管理・統括している。イランの企業が例えば「暗号システムを輸出したい」ということになれば、この会議での許可が必要となる。現在イランには2155のIT関連企業がある。その内訳を次の表にまとめる。

最後にイランの「テクノロジー・パーク」をご紹介したい。イランの科学的なプレゼンスを世界に広めることを目的にしており、イランの様々な地域の企業や団体が連携して科学技術や経済を紹介している。敷地は1千ヘクタールもある。皆様がイランにお越しの際は是非こちらをご案内したいと思う。
(文責:吉田絵里香)