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欧州における行政保有情報/番号制度を利用した国勢調査

主任研究員 小泉雄介

2013年3月1日に国会に再提出された社会保障・税番号法案(マイナンバー法案)は、5月9日に衆議院を通過した。マイナンバー制度は2016年1月から運用開始され、それに先立ち2014年中に特定個人情報保護委員会が設置される予定であり、これにより行政事務の効率化のみならず我が国のプライバシー保護制度の強化・改善が期待される。
諸外国でも従来から、プライバシー保護に重きを置きながら番号制度等によって行政の効率化が図られているが、番号制度を通じて行政保有個人データを有効活用する新たなユースケースが登場している。本稿では、番号制度の1ユースケースとして行政保有情報を利用した国勢調査(レジスターベース国勢調査)について報告したい。

1. 我が国の国勢調査の課題

日本における国政調査の調査方法は、基本的には調査員が各世帯に調査票を配布し、一定の回収期間に調査票を回収する。従来は調査員が各世帯を訪問して、直 接回収した調査票の記載内容をその場で確認していたが、2010年調査では調査員への調査票提出は封入提出方式とし、また直接提出以外にも、郵送による提 出、インターネットによる回答(東京都のみ)も可能とした。
このような国勢調査の現状の課題としては、「①国民の受容性の低下」と「②費用の大き さ」が挙げられる。①については、国勢調査の調査票の未回収率は2000年代以降、毎回増加しており、全国平均で1995年は0.5%であったのが、 2000年は1.7%、2005年は4.4%まで増加している。特に2005年は東京都では13.3%にまで増加している。このような受容度低下の理由と して、国民の記入の負担や、プライバシー不安(調査員に内容を知られたくない)等が挙げられる。2010年の国勢調査ではその対策として、上述のように調 査員への調査票提出は封入提出方式、郵送回答も可とし、東京都ではインターネット回答も導入した。
②については、2010年国勢調査の予算は約 644億円であり、2005年の約650億円から横ばいの数字である。内訳では調査員・指導員手当が約432億円と、全国で約85万人の調査員・指導員へ の手当が67%を占めた(1人当たり手当額は5万円程度)。この644億円という額が他の行政予算に比べて大きいのかどうかは色々な見方があると思うが、 海外諸国の国勢調査費用と比べると、ドイツでは1987年国勢調査に7億1570万マルク(約573億円)、オーストリアでは2001年国勢調査に 7200万ユーロ(約78億円)の費用がかかっており、これら2カ国における国民1人当たりの調査費用は日本と同程度であるが、当該国の国内では高額との 批判を受けている。

2. 世界的な国勢調査の課題とレジスター手法の国勢調査

1980年代から1990年代にかけて、先進国における国勢調査は危機的状況に直面した。その理由は、日本における2000年代以降の状況と同様、「①国 民の受容性の低下」と「②費用の肥大化」である。①については、各国におけるプライバシー意識の高まりや、政府統計に対する社会的評価の低さがその要因で あり、英国、ドイツ、オランダ等では国民の反対運動が発生するに至っている。②については、フランスやドイツでは経費の増加によって国勢調査実施が困難に 見舞われている。また、米国でも経費の高騰によって、2010年国勢調査に向けて調査様式の変革が進められているという。その他の要因としては、調査実施 体制の劣化、すなわち適切な資質のある調査員を組織することが困難になったことも指摘されている。こうした危機的状況に直面した結果、2000年代には欧 米諸国において伝統的手法(調査票方式)の国勢調査から、レジスター手法等の新たな手法の国勢調査への方法転換が加速している。
レジスター手法と は、行政機関が既に保有している行政記録の中から国勢調査に必要な個人データを抽出して二次利用することで、国民に対する直接的な調査を極力省略しようと する方法である。上述のような背景を受けて、欧州のいくつかの国でレジスター手法が採用されている。デンマーク、フィンランド、ノルウェー、オランダ等の 北欧諸国に加え、2011年国勢調査では、ドイツやオーストリアもレジスター手法を採用するに至っている。
日本では2010年まで一貫して伝統的手法(調査票方式)を採用しており、2015年国勢調査においても伝統的手法を用いることが規定路線となっている。

3. オーストリアにおけるレジスターベース国勢調査

オーストリアでは2011年10月に、従来の伝統的手法に代えて、レジスター手法による国勢調査が実施された。その経緯は以下の通りである。

  • 2000年:2011年国勢調査をレジスターベースとすることを内閣決定
  • 2001年5月:伝統的手法による国勢調査の実施
  • 2006年3月:レジスターベース国勢調査法の制定
  • 2006年10月:レジスターベースでのテスト・センサス実施
  • 2011年10月:レジスターベースの国勢調査の実施

従来型の手法からレジスターベースに移行した理由は、①コストが安くなる、②データを早く入手できる、③国民に回答の負担をかけない、④必要データの多く が既存のレジスターから入手可能、⑤従来の10年に一度というタイムスパンは長すぎるがレジスターベースであればコスト的に5年に1回の実施が可能、とい うものである。特に①については、コスト削減実績として、2001年の費用が7200万ユーロであったのが、2011年の費用は準備費用も含め1000万 ユーロと約7分の1に圧縮されている。
オーストリアでレジスター手法が成功した要因としては以下の3つが挙げられる。1点目は、レジスター手法の 基盤となる住民登録簿が全国ネットワーク化されていることである。そのため(ドイツで見られるような)自治体間での住民の二重登録、過剰把握、過小把握と いった問題が発生しなかった。2点目は、国勢調査で必要となる全てのレジスターが電子化され、それらを包含する番号制度が整備されていることである。その ため(ドイツのように)氏名・生年月日・性別・住所といった情報を使わなくとも、分野別個人番号(いわゆるセクトラル方式の番号)を用いることにより連邦 統計局でレジスター間のデータをマッチングし、国勢調査データベースを作成することができた。3点目は、国民の理解と協力を得るための広報活動(ビデオ 等)を積極的に行うことにより、データの二次利用や統計局への集約等にまつわる国民のプライバシー不安の払拭に努めたことである。

4. 日本での導入に向けて

我が国において、国勢調査にレジスター手法を導入することについては、政府の委員会において直接的な検討は行われていないようであるが、国勢調査に住民基 本台帳のデータを利用することに関しては、2006年の国勢調査の実施に関する有識者懇談会において、「①レジスターから取得できる情報の制約」「②行政 情報の目的外利用の禁止」「③情報のマッチングの難しさ」「④国民総背番号制反対」という観点から問題があるとされていた。
ただし、現在ではマイ ナンバー法案が衆議院を通過しており(2013年5月17日現在)、同法案の中で、より広い分野での活用も見据えた、行政機関・自治体間での情報連携を目 的とした情報提供ネットワークシステムの構築が規定されているため、上記の問題点のうち、特に②~④については解決可能であると考えられる。
2011 年11月の「平成27年国勢調査の企画に関する検討会」では、委員から「平成27年から運用が開始される国民IDについては、当面、税と社会保障を中心と して利用されることから、平成27年調査での活用は考えられないが、その後の国民IDの見直し段階においては、国勢調査における活用も検討する必要がある だろう」という発言もなされている。我が国においても、行政情報化・効率化の一環として、国勢調査におけるレジスター手法の導入や番号制度の活用に向けた 活発な議論が望まれる。