サイト内の現在位置を表示しています。

IISEシンポジウム「IoT都市の新展開 ~ポリモルフィック・ネットワーキングの都市的応用~」開催報告

 2017年3月22日、国際社会経済研究は去年に引き続いて第2回となるIoTシンポジウムを国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)の協力を得て、「IoT都市の新展開~ポリモルフィック・ネットワーキングの都市的応用~」と題して開催した。会場となった日比谷図書館大ホールには、IT企業とその研究所からシンクタンク、学術関係者に至るまで様々な分野からの参加者が詰めかけた。

会場風景
会場風景

 冒頭、当研究所の鈴木均社長が開催挨拶を行った。鈴木氏は当研究所が提唱しているポリモルフィックについて「IoT時代の諸課題に対応する自律的に機能する多様なネットワーキングのコンセプト」であると概括した。

 続いて、東京大学先端化科学研究センター教授の西成活裕氏より基調講演「IoT都市とポリモルフィック思想」を行った(西成氏のプレゼン資料はこちらをクリックください)。

 西成氏は「現状を踏まえて改善を目指すフォアキャスト型の目標設定と、あるべき姿を構想してそこへ向かうバックキャスト型の2種類がある」そして、「日本ではフォアキャスト型が一般的で、もっとバックキャスト型の目標設定を重視する必要がある」と指摘した上で「我々が提唱しているポリモルフィックは『あるべき姿』を考えるうえでヒントになる」と主張した。

 続いて、ポリモルフィック・ネットワーキングの4つの特性として、①自律的で適応的な全体調和を目指すネットワーキング、②環境変動化での耐ゆらぎ性・高ロバスト性、すなわち多目的での「準最適」、③低維持コストメンテナンスフリー、④創発現象を挙げた。

 ③の「準最適」とは環境が変動して揺らぐような場合では、「利得の平均がやや劣っても、分散が小さくなるような戦略が有利」であるという主張[1]である。また、④の創発現象は「全体最適と個別最適」あるいは「トップダウン(中央集権)とボトムアップ(分散制御)」のバランスが重要であると指摘した。さらに「今後最も重要な研究課題」として、創発現象を引き起こすためにルールが自律的に決まるようなシステムの設計思想、つまり「ボトムアップをトップダウンで設計する方法」を考えることであるとした。

 続いて、当研究所の名倉賢主任研究員より「「ポリモルフィックを先導するネットワーク・ロボット」と題して講演を行った(名倉氏のプレゼン資料はこちらをクリックください)。

 名倉氏は、まず一部のコンピュータがネットワーク上のハブとなってデータを集中させていることと、近年のデータ優位な人工知能の潮流を考え合わせれば「近い将来巨大な人工知能プラットフォーム」が出現するのではないかと指摘した。その上でその巨大人工知能プラットフォームへの対抗軸として、ポリモルフィックというコンセプトが有用であり、特に「自律分散型のネットワーク・ロボット」に注目すべきであるとした。

 自律分散型のネットワーク・ロボットとは、近年提唱されているクラウド・ロボティクスのようにトップダウン型・集中型の制御ではなく、各々のロボットが自律的に「ボトムアップ」でアドホックな振る舞いをするものである。この自律分散的でアドホックな性質から設計者の事前予想を超えた創発は起きる可能背があると指摘した。

 さらに自律分散型のネットワーク・ロボットの特性として、①その“身体”をネットワーク内に分散配置して“見えない”あるいは“潜む”ロボットであること、②“身体”の各構成要素をダイナミックに入れ替えることで、従来の固体的から“流動的・液体的”なイメージのロボットへと変化することを上げた。

 さらに続いて、当研究所の松永統行主任研究員が「ポリモルフィックの都市的萌芽」と題して講演を行った(松永氏のプレゼン資料はこちらをクリックください)。

 松永氏は、ポリモルフィックとは「多彩な知能化技術が自律したシステム同士が多形的につながりあって全体として協調する」というコンセプトであると説明した上で、ポリモルフィックは①インターネットから②インターネット・クラウドへ、さらに③IoT*AI続く一連の革新(イノベーション)の文脈で捉えるであると主張した。つまり、松永氏の主張は、
①インターネットとは「情報連鎖の革新」であって、世界を個人レベルから産業・国家レベルでつながることを実現して社会に様々な変化をもたらした
②インターネット・クラウドでは、コンピュータの各構成要素であるサーバー、端末、ネットワークをそれぞれクラウド、スマート化、SDNによって高度に仮想化することで情報空間を革新して「連携することを実現した」
  さらに③IoT*AIでは「ポリモルフィック」によって「自律的に判断し振る舞い、連系することを実現」して実空間を革新する。
ということである。

 続いて、松永氏はこの「ポリモルフィックの萌芽」が欧州などで見られるとしてその事例を3つ紹介した。

 休憩後、「ポリモルフィック・ネットワーキングの都市的応用」と題してパネルディスカッションを行った。

 コーディネーター(司会進行)は当研究所の原田泉主幹研究員が務め、パネラーとしては、ネットワーク技術が専門の早稲田大学客員教授・テクノメディアラボ代表取締役の曽根高則義氏と前セッションで講演を行った、西成教授、名倉主任研究員と松永主任研究員の5名が登壇した。

パネルディスカッションの様子
パネルディスカッションの様子

 まず、曽根高氏が「都市構造とポリモルフィック」と題して講演を行った(曽根高氏のプレゼン資料はこちらをクリックください)。

 曽根高氏は、「機械の原理の時代」で作りだされた近代主義の都市・建築は限界に来ており、生命原理の一つであるメタモルフォーシス(突然変異)やメタボリズム(新陳代謝)が必要になってきたと述べた。これは「部品を交換しながら時代に対応する」という伊勢神宮の遷宮や仏教での輪廻の思想にも符合して日本人には親和性の高い考えであると説明した。

 次に丹下健三らが1960年代に提唱した都市論として「メタボリズム(新陳代謝)」、つまり「変わるものと変わらないもの」の関係を通時性と共時性として捉える理論を説明し、その理念を体現する計画都市を目指した「東京計画1960(東京湾海上都市構想)」を紹介した。その上で、曽根高氏はこれらの構想が実現しなかった本質的な原因として「都市はセミ・ラティス構造である」ということを理解していなかったことあると指摘した。セミ・ラティスとは「綾織り的な多様性」を持った構造(超交差の構造)のことであり、本質的に重複がある構造だが「これを単にムダと排除してはならない」と主張した。

 続いて、曽根高氏は専門である無線ネットワークの議論を行った。シン・クライアント型とフル・クライアント型の間に、端末とクラウドが協調する「コ・クライアント」の形態があり、この領域にこそ注目すべきであると主張した。さらに、ネットワーク自身がAI化するIoT時代で「ネットワーク構造が、人やモノの動き・環境の変化に応じてアメーバのごとく変化する『アメービック・ネットワーク』」のコンセプトが有用と重ねて述べた。

 続いて、国際社会経済研究所の原田氏の司会進行でパネラーによるフリーディスカッションが行われた。パネラーは曽根高氏と前セッションでの講演者3名の計4名であった。

 まず西成氏より講演全体を通じて「サイバー空間から実空間へ」という大きなトレンドが感じられたと感想が述べられた。さらに、AIに欠けているものが身体性で、それを与えるのがロボットではないかとの指摘をした。名倉氏はこれを受けて、ロボットとは情報空間に生まれたAIに物理空間との接点を与えて学習のフィードバックを与える器であると捉えるべきだとの意見を述べた。

 さらに日本の大企業の在り方について議論は進み、松永氏からドイツのシュタットガルドでは、利益優先の大企業への批判が根強いこと、そして彼らはその地域に「住むこと」を大切にしているとの報告があった。続いて、会場から参加していたNEC特別顧問の広崎氏より、欧州の大手電力メーカーABBのホロニック経営を例に上げ、「日本では明治の以降急速なキャッチアップの過程で大企業を中心にした山脈型の産業形態」が発展しているが、大企業内でも「中小企業的文化を維持して、社内に多様性を維持しているところはまだ好業績であるが、中央集権的な官僚的な構造となった企業は不振」だと指摘し、企業経営にも「ポリモルフィック的な多様性の力学を維持することが大切だ」との意見を述べた。

 次に、曽根高氏が講演で取り上げた「セミ・ラティス構造」がテーマとなった。曽根高氏は「ネットワーク帯域などの『資源』は有限ではないということへの認識が最近のトレンドでは弱くなっている」と指摘し、「この有限性への認識では日本にも優位性がある」との意見を述べた。

 さらに西成氏の「準最適」について質問があり、これに対して西成氏は「準最適では時間概念が重要だ。長い時間で勝ったものはブレ・ゆらぎに強いということがわかった。そこで予想できないブレ・ゆらぎのある世界で長期的に勝ち抜く戦略として準最適という概念を提唱した」との説明があった。

 その後も、会場の聴講者より「トップダウンでない設計をいかに実現するのか?」「新しいAIやIoTのフレームワークをいかに実装するのか?」「ボトムアップとトップダウンの制御の間でいかに折り合いをつけるのか?」などのいくつもの質問がだされ、パネラーとの間で熱心に意見交換がされた。そして最後、広崎氏より「現状のAIブームに惑わされることなく、もう少し深いレベルでIoTとAIの本質をじっくりと考える必要がある」とのコメントで一時間強のパネルディスカッションは締めくくられた。

[注釈]
[1] 「逆説の法則」(新潮選書)西成活裕著 2017年5月出版予定