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「日本の技術は誰一人取り残されない世界を実現できるか」

NEC Visionary Week 2022 セッションレポート

   2022年9月「NEC Visionary Week 2022」が開催された。そのプログラムの一つとしてライブ配信されたのが、「日本の技術は誰一人取り残されない世界を実現できるか」をテーマとしたセッションだ。“すべての生命の価値は等しい”という信念のもとに活動するビル&メリンダ・ゲイツ財団で日本常駐代表を務める柏倉美保子さんを迎え、国際社会経済研究所の理事長 藤沢久美と理事 野口聡一の3名が登壇し開催されたこのセッションでは、視聴者の方からの質問や投票をリアルタイムに交えながら、社会課題の解決や未来へのビジョンに向けたディスカッションが行われた。

ODAに対する日本の資金提供額は世界第3位 ※1、 国連の調達における日本企業のシェアは0.4% ※2

藤沢:株式会社 国際社会経済研究所は、NECグループ唯一のシンクタンクとして20007月に設立されました。そして、20224月、Thought Leadership活動を促進する存在として体制の強化を図り、私や野口さんが参画しました。

 ICT技術の飛躍的な革新や産業・市場など、時代が大きく変化する中、私たちIISE Thought Leadership活動として未来のビジョンを発信し、仲間をつくり、社会を動かすためのお手伝いをしようと考えています。具体的には、『世界のお取引先の既存事業の成功確率を上げる』『未来社会を見据えた市場ビジョンの発信と仲間づくり』『グローバルリスクの把握とオポチュニティの探索』という3つの活動を進めていきます。

 日本は、現在ODAに対し世界第3位※1のドナー国として巨額のお金を支出していますが、国連の調達における日本企業のシェアはわずか0.4%※2という結果となっています。これは、日本には素晴らしい技術がたくさんあるにも関わらず、国際貢献にあまり役立てられていないという現状を示しています。日本の技術を活かしてこれからの社会をどう、よりよいものにしていけばいいのか。さまざまな国際貢献活動を推進しているビル&メリンダ・ゲイツ財団について、柏倉さんからお話を伺います。

※1 日本の2021年のODA実績(暫定値)はOECD開発援助委員会メンバー中、米国、ドイツに次ぐ第3位。
出典:<https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/jisseki.html >
※2
Annual Statistical Report on United Nations Procurement の日本の2021年のPercentage of total UN procurement from the countryの数値はO.4%
出典:<https://datastudio.google.com/open/1w1TJEMuGaR_HgaROkIu9EZydmnFiXgBH>

ビル&メリンダ・ゲイツ財団の事業運営では、 戦略と結果を重視

柏倉:財団発足の原点は、ビルとメリンダが婚約中に訪れたアフリカにあります。現地の子供たちの病気や貧困などの現状を目の当たりにした二人は、マイクロソフト社で得たすべての財産を貧困問題の解決に役立てることを決めたのです。設立当初、下痢で亡くなる世界の200万人のうち、ワクチンさえ打てば半数の子供たちの命が助かるということを知り、それからはグローバルヘルスを重要分野と位置づけて活動を続けています。

   ビジネスで大きな成功を収めたビル・ゲイツは、財団運営に関しても戦略と結果を非常に重視しています。財団では、各部門が3年後・5年後にこうした結果を出すという明確な目標設定を打ち出し、それに基づいた戦略を資料にまとめて提出します。その資料をビルとメリンダが精査し、了承したものについて予算が割り当てられます。

ビル&メリンダ・ゲイツ財団
日本常駐代表 柏倉 美保子 氏

野口:社会貢献活動において戦略と結果を重視すると聞くと、一見ドライな印象がありますが、明確な目標があるからこそ持続可能で貢献度の高い活動ができるのだなと改めて思いました。また、戦略の選定や予算の配分などもトップが決定するので、プロセスにムダがなくていいですよね。

藤沢:財団では、結果を出すためにさまざまな企業や機関など、外部パートナーとのネットワークを大切にしていると聞きましたが、具体的な事例をご紹介ください。

柏倉:財団で決めた戦略を実際に執行するのはパートナーの皆さまです。ですから、国際機関や政府、NGO、民間企業など各セクターのパートナーとともに取り組みを進めています。例えば、今年4月には日本のビジネストップリーダー有志の方々とともに、ODAにおけるグローバルヘルスについての取り組み強化への提言を、政府に行いました。

   また、20214月には、日本政府がGaviワクチンアライアンス※3とともにワクチンサミットを共催しました。このサミットのおかげで、低中所得国の人口の30%に対し、ワクチンを供給できる資金が各国から集まりました。

さらに、20228月にはビル・ゲイツも来日して「Global Health Action Japan」というイベントが開催されました。このイベントでは、低中所得国の人々の命を救っている、日本の技術やサービスが紹介されました。

※3 2000年のダボス会議で発足。開発途上国における公平なワクチンの導入・普及と接種率上昇の加速化や、保健システム強化のための支援、適切なワクチン市場の形成等も行いながら、世界中の予防接種を受けられない子供たちのためにワクチンを提供し、子供たちの健康的な未来のために活動する組織

グローバルヘルスの推進には、多分野・多国間の協力と連携が重要

藤沢:世界では、16,600万人※4の子供たちがIDを持っていないという現状があります。

 NECでは、指紋や顔などの生体認証技術を活用して、教育や医療に貢献していきたいと考えています。ほかの日本企業ではどんな貢献が行われているのでしょうか。

国際社会経済研究所/ IISE
理事長 藤沢 久美

柏倉:例えば、Gaviワクチンアライアンスと連携している豊田通商様では、WHOが世界で初めて認めたワクチン保冷輸送車をガーナ保健省に寄贈しています。また、かつて大和証券様が、ワクチン債という金融商品を発行した際には、日本の投資家から多くの拠出があったという実績もあります。さらに、製薬メーカーのエーザイ様は、リンパ系フィラリア症に対する治療薬DEC錠を無償でWHOに提供し、低中所得国に配布されたという事例もあります。こうした、事例がある反面、日本にはまだまだ活かされていない技術が多くあると感じています。

野口:グローバルヘルスにおいても、製薬分野だけでなくICT、金融、物流など多様な分野の技術やサービスが組み合わさることで、より大きな成果が期待できますね。それは、カーボンニュートラルという課題に対しても同じで、さまざまな分野、さまざまな技術・サービスが連携することが重要だと思います。

藤沢:視聴者の方から、一緒にアクションするパートナーはどんな基準で選べばいいのでしょうか、という質問をいただいています。財団としては、いかがですか。

柏倉:財団としては、明確な基準はないのですが、大切なのはビジョンやエンドゴールを共有できることだと思います。さらに、企業のトップがグローバルヘルスの意義や価値を社内にしっかりコミットすることが大事だと思います。また財団では、グローバルヘルスをはじめ、さまざまな社会課題を地球規模の問題と捉え、多国間で協力しあうマルチラテラリズムという考え方を重視しています。そうした考えに共鳴していただけるパートナーとよりよい社会づくりを目指していきたいです。

4 ユニセフが行った世界の出生登録に関する報告書によると、5歳未満の子供16,600万人が未登録。
出典:<https://www.unicef.or.jp/news/2019/0179.html> <https://www.unicef.or.jp/jcu-cms/media-contents/2019/12/Birth-registration-for-every-child-by-2030-brochure.pdf>

環境や社会への貢献が、新たな企業価値となる時代へ

藤沢:グローバルヘルスなどの国際社会貢献への参画に対して、利益優先の企業論理がネックになるのでは、という2つ目の質問についてはどうお考えですか。

柏倉:確かに、現在あるいは短期的視点では、グローバルヘルスの事業は採算性が高いとは言えません。しかし、中長期的には低中所得の国々は大きな市場を生み出す成長分野だということができます。これまで、企業価値の判断は株価や株主への利益最大化が主流でしたが、こうした基準が50年後・100年後まで続くとは限りません。環境や社会に対する貢献が企業価値を高めていく。そうした新たな価値基準が、世界の人々や投資家の間でも広がっていくでしょう。

野口:いま指摘があった中長期的視点というのは、脱炭素社会の実現にも通じると思います。カーボンニュートラルに向けて、化石燃料の使用を減らすことばかりに目を向けがちですが、中長期的・多角的に考えたらどんなことができるのか。例えば、災害が多い日本では防災や減災対策が重要です。災害時の被害を最小化したり、災害を未然に防ぐ対策を「いま」しっかり行うことで、「将来」災害が起きた時の再建や復興にかかる資源やエネルギーを大幅に減らすことができます。そうした、中長期的な取り組みが今後ますます重要になると思います。

国際社会経済研究所/ IISE
理事 野口 聡一

藤沢:続いて視聴者の方から、ODAに対する資金提供が多いにも関わらず、日本が国際機関からの受注が少ないのはなぜか。また、それを改善するにはどうしたいいのか、という質問が寄せられました。

柏倉:アメリカやヨーロッパには、国際機関と国を繋ぐ専門商社が存在するのですが、それが日本にはないというのが、受注の少ない理由の一つだと考えられます。受注を増やすには、企業は株主のためだけでなく、社会を動かすために存在するのだというビジョンを持って、自社の技術や事業が、どんな社会課題に役立つのかを見極めてアプローチすることが大事だと思いますね。

さまざまな社会課題を解決するには 困った人の視点に立った取り組みを

野口:国際機関からの受注が少ない現状を見ると、日本こそが世界から取り残されないかと心配になってきますね。昨年11月、日本は気候変動対策に消極的な国として「化石賞」という不名誉な賞を受賞しています。さまざまな社会課題解決に対する、日本の存在感が薄くなっているのではと感じます。

藤沢:まさに野口さんの言う通りだと思います。日本企業や国が世界から取り残されないために何をすべきかという危機感を持って、社会課題に取り組むことが、いま求められていると思います。

   社会課題の解決には、企業や国を超えたパートナー連携が必要です。そのためには、日本の技術というCloseな視点ではなく、先ほど話に出たマルチラテラリズムという考え方がますます重要になると思います。

柏倉:気候変動、食糧危機、パンデミックと世界はさまざまな困難に直面しています。そうした国や地域を支援する国々のリーダーは、困っている人たちの視点に立った取り組みをぜひ考えていただきたいと思います。

野口:今回は、グローバルヘルスを中心にお話しましたが、IISEでは、カーボンニュートラルや経済安全保障も重要なミッションだと考え、しっかり取り組んでいきたいと思います。

藤沢:今回のテーマに関して視聴者の皆さんに投票をお願いしましたが、なんと84%の方がテーマに賛同し取り組みたいとのこと。ありがとうございました。IISEはこれからも、グローバルヘルスや経済安全保障などについて情報発信を行うほか、世界を一緒によくする仲間づくりの呼びかけを行っていきます。

日本の国際貢献に対する取り組みで重要なのは何か。日本が世界から取り残されないためにはどうすればいいのか。セッションでは活発な意見が交わされた。同時に、視聴者からさまざまな意見が寄せられ、社会貢献への関心の高さが感じられた。さまざまな国際課題に対する、これからの日本の取り組みに注目していきたい。