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IISEセミナー「英国におけるデジタルヘルス:電子的共有が進む終末期の希望や情報」開催報告

2023年6月20日

高齢化が進み、医療ニーズが高まる中、英国においては、ヘルスケアの仕組みの変革が続いています。デジタル化は、変革の大きな柱のひとつであり、英国では、終末期の希望や情報を関係者間で共有するACPの普及が進むとともに、それらのデータを電子的に共有するElectronic Palliative Care Coordinating Systems (EPaCCS)が導入され、効果をあげています。

 EPaCCSは、ケアに関する人々の話し合いからさまざまな情報を取得して共有する手段であり、その目的は、その人のケアに携わるすべての専門家が、その人の好みや希望、個別のケア計画の変更などの最新情報に確実にアクセスできるようにすることです。

 本セミナーでは、(国研)国立長寿医療研究センター 在宅医療・地域医療連携推進部部長 三浦久幸先生からご挨拶をいただいた後、EPaCCSの導入当時からご研究をされているリーズ大学ヘルスサイエンス研究所准教授(緩和ケア) マシュー・アルソップ先生から英国の高齢化、ヘルスケア政策、ACPやEPaCCSの動向についてお話いただきました。

 アルソップ先生は、リーズ大学機械工学部で博士号を取得し、医療機器業界でユーザー参加アプローチや初期段階の経済評価でメーカーをサポートする業務に従事。その後、リーズ大学に戻られ、デジタルヘルスアプローチの設計と評価を含む緩和ケアサービスの開発をご専門にされています。終末期ケアにおける電子緩和ケア調整システム EPaCCS(イーパックス)については、NHSイングランドでの導入初期からご研究を行っております。

国立長寿医療研究センター 三浦久幸部長

リーズ大学 マシュー・アルソップ先生

なお、本セミナーは、公益財団法人長寿科学振興財団「令和5年度 長寿科学研究者支援事業 長生きを喜べる長寿社会実現研究支援」からの助成を受けて実施いたしました。

ご講演抄訳

●英国では高齢化が進み、人口動態も大きく変化している。2017年の国勢調査では、65歳以降の高齢者が1040万人となっており、全人口に占める割合は1981年の調査と比較して52%増となった。

●平均寿命も、ここ10年の伸びは鈍化しつつあるが、男女とも延伸している。これは、人生において後半部分が非常に長くなることを示しており、加齢による健康状態の悪化や障害を持つ人も多くなる。

●健康状態は、地域によって差異があり、バラツキが大きい。経済的に豊かな地域では、平均寿命も長くなり、健康でいられる期間も長くなっている。例えば、Blackpoolでは平均寿命は74歳だが、Westminsterでは85歳と大きな差がある。英国北部のTees ValleyDurhamといった地域では、約24%の人が3つ以上の併存疾患などの健康に悪影響を与える要素を持っている。健康へのアプローチの違いが要因のひとつであり、教育の違いがここに現れてきている。

●英国イングランドでは、2022年に577160人が死亡しているが、主要な死亡原因は慢性的な進行性の疾患になる。このような患者が緩和ケアに入ってくる。英国では、アルツハイマーが認知症で一番多い疾患である。心疾患や呼吸器系疾患も大きな要因となっている。

●高齢化や人口動態の変化に伴い、NHSイングランドでは、医療はNHS、介護は地方自治体と縦割りから統合ケアへと移行している状況にある。

●このような状況を解消するため、新しい政策のドキュメントが過去数年の間に発行されている。「Healthcare & Care Act 2022」は新しい法律で、「Palliative and end of life care: Statutory guidance for integrated care boards (ICBs)」は、終末期および緩和ケアのガイドラインとなっている。

●緩和ケアと終末期の課題への対応するため、統合ケア(Integrated care)が進められており、そのための国家的なフレームワークが構築された。フレームワークでは、個人がケアに公平にアクセスできることや関係機関の間できちんと調整が行われることを目指しており、終末期においても、本人の希望や好みの記録がシェアされるべきであるとされている。

●統合ケアの下には、42のシステムがあり、約300万人がこの仕組みの中でケアを受けている。地域のニーズに合わせてフレキシブルに対応し、ガバナンスや機能を強化することで質の高いケアにつなげている。幅広く且つフレキシブルなヘルスケアシステムを提供することは、挑戦的な取り組みといえる。

●統合ケアでは、統合ケア委員会ICBIntegrated Care Boards)が責任を負う法定機関となり、地域内のほとんどのNHSサービスを計画し、資金を提供することになる。統合ケアパートナーシップ(Integrated Care Partnerships)は、地域の医療およびケア戦略を開発するために、幅広いシステムパートナー (地方自治体、ボランティア、コミュニティおよび社会的企業部門、NHS 組織など) を集める法定委員会となっている。

●統合ケアには、大きく4つの目的があり、第1に国民の健康とヘルスケアの成果を改善すること、第2にヘルスケアへのアクセスやアウトカムにおける不平等への取り組み、第3に生産性とコストパフォーマンスの向上、第4NHS がより広範な社会的および経済的発展を支援できるよう支援するとなっている。

●英国では、ヘルスケア部門の労働力不足や病院の待機待ちといった満たされていないニーズの解消、ソーシャルケアの拡大などが優先的な政策となっている。

●「Ambitions for palliative and end of life care」は、イングランド全土の地方レベルでの組織間のパートナーシップと協力活動を通じて、終末期ケア、緩和ケアに対してどのようにICBがケアを提供していくか、状況を改善していくかを示すビジョンになっている。
6つの目標が示されており、目標1は、一人ひとりを個人として見なすこと、目標2では、 各人が公平にケアを受けられるようにすることが挙げられている。3つめの目標は、快適さと健康の最大化すること、目標4では、適切なタイミングで、適切な人から適切な支援を受けられるようにケアが調整されること、目標5は、どこにいても、すべての医療関係者が思いやりのあるケアを提供すること、目標6では、居住しているコミュニティで相互にサポートできることが挙げられている。

●例えば、コミュニティにおいては、緩和ヘアへのアクセスなど、終末期のケアの質については良い状況にないという問題がある。2018年に40カ所以上のホスピスを対象にした調査が実施された。緩和ケアでは、死亡の6ヵ月前より行われることで最大の効果を得ることができるが、調査では、約40%が緩和ケアへの紹介は48日前という状態にあった。75歳以上では、39日前であり、高齢化が進む中で、年齢が高くなるほど紹介が遅れていた。

●がん患者とそれ以外の患者で比較してみても、がん患者は53日前なのに対して、それ以外の患者では27日前と緩和ケアへの紹介が遅れている。英国では、認知症が死亡につながる場合もあり、がん患者以外の紹介も迅速に行われるべきである。

●このような終末期ケア、緩和ケアの状況に対して、デジタル、そしてデータを利用することで改善していくことは、英国で重視されている政策でもある。2022年に発行された「Data saves lives: reshaping health and social care with data」では、健康に関する患者のデータを取得し分析するだけでなく、教育、疾病管理、ビデオ会議で専門家同士がコミュニケーションを行ったり、患者をモニタリングすることも含まれている。

●リーズでは、Timely Recognition Toolを利用して、電子カルテでデータから緩和ケアを必要とする人たちをプライマリーケアで発見し、ACPへつなげる取り組みを行ってきた。

●NHSイングランドでは、PainCheckという進行性のがん患者の治療の介入状況を記録し、関係者間で共有することも行っている。

●NHSイングランドでは、「Electronic Palliative Care Coordination Systems (EPaCCS)」を推進し、「どんなケアを受けたいか」「どこで死にたいか」といった終末期のケアにおいて共有すべきデータを標準化し、本人の希望や好みの記録が関係者間でシェアできるようにした。また、このような情報に誰がアクセスできるのかといったことも議論してきた。

●EPaCCSのデータの記録では、患者死亡するまで記録が継続される。これらのデータからは、78%の患者が、質の高いケアを受けることができたというデータが残っており、EPaCCSのデータを記録することの価値とインパクトを評価することができるようになっている。

●イングランドの135CCGのうち85の地域が回答した調査では、57の地域でEPaCCS導入済みで、計画中が13、導入していない地域は15であった。

●EPaCCS導入および計画中に地域では、その効果として、患者の希望やプライオリティが尊重される可能性が高まると回答している。

●Allsop先生の研究グループでは、医療従事者や患者へのインタビューも実施し、EPaCCSの使用状況、医療従事者側の利用経験、どのようにEPaCCSの情報が使われるべきか、導入の何が障害になっているかも研究している。患者側がEPaCCSをどのように体験したかも聞き取りをしており、「自分自身の希望を、きちんと理解した上でケアを決定していくことになったので助けになった」「インフォームドチョイスをする上で役立った」「専門家との相談は10分程度と時間が制限されているため、EPaCCSによって多くの情報を得られて役立った」といったコメントもあった。

●救急時にEPaCCSの記録がきちんと使われているかといった点でも、「記録の中に、患者が必要とする情報は共有されていることがよい」というコメントもあった。

●EPaCCSでは、NHSのアプリを利用して、自分自身の記録を閲覧することができるため、「自分自身の情報にアクセスし、正しい情報かを確認できる」「自分や家族の情報を編集・修正する必要があるか確認する」といった人たちもいた。

●EPaCCS のようにACPをデジタルの形で記録するシステムが構築され、本人の希望や好みと行った情報がきちんと得られた上で、患者が主体的に意思決定していくインフォームドチョイスの土台とならなければいけない。

●医療従事者側も、データを集めて、どこがよかったのか、悪かったのかといった改善点を見つけていき、EPaCCSはどのように運用されるべきなのかを評価し、共通の理解としていく試みを進めている。

●ACPのデジタル化に関しては、国際的に検討する調査を実施しており、完了したら、結果を共有したい。

●人々が長く生きるようになったことで、様々な症状を抱えながら生きることになっている。英国では、デジタルによるアプローチが行われており、 データとデジタル開発に対する支援が政策として行われている。政策や予算配分では地域のニーズに応じて、柔軟に対応しなければならない。また、データをきちんと政策で指示し、それが研究にうまく使われるべきである。EPaCCSに関しても、どのように導入すべきか、それに対する適切な評価も必要であり、さらなる改善が望まれている。

質疑応答

Q:EPaCCSでは、センシティブな情報を共有することになるが、英国で受け入れられた背景はなにか。

A:医療従事者の観点からすると、インフォームドディシジョンメイキングのための情報として価値があると考えられたことがある。これは医療従事者にとって非常に重要である。会話が難しい患者や、家族とコミュニケーションが取れない場合であっても、EPaCCSの中に記録されていることは素晴らしい。医療従事者へのインタビューでも、ケア提供者の間で情報が共有されることの有用性が指摘されていた。

 英国の政策では、2008年からデータ共有を推進しており、NHSのモバイルアプリで患者が自分自身の情報にアクセスできるようになっている。カルテのすべての情報にアクセスできるわけではないが(終末期ケア、緩和ケアの情報はまだ)、疾病名、治療を受けた場所、検査結果などが閲覧できる。英国の一般の人々でも情報へのアクセスが拡大していることで、医療従事者側も患者側も受容度が高まっているといえる。

Q:患者・市民への教育はどのように行われているか。

A:緩和ケアや終末期ケアに関する教育は、国民全体のレベルを向上させるという取り組みが行われている。特定の1週間を設定し「Dying Matters Awareness Week」として様々なアクティビティや企画を実施し、認知度向上を行っている。どのような終末期を迎えたいかといったことをオープンに話し合うことで、普段から、このような話題を禁忌とせずに、普通のこととして取り組めるようにしている。

 緩和ケアに関しては、がん患者だけが対象と思っていたり、すぐにホスピスが連想されるなど、誤解も多い。そのような誤解を払拭できるようなディスカッションができるとよい。

 デジタルに関しては、最近、ロンドンでACPに関する教育が行われており、例えば、患者さんが情報へアクセスする訓練を支援したりということも行われている。

当日のプログラム

14:30

ご挨拶

三浦 久幸
 国研)国立長寿医療研究センター 在宅医療・地域医療連携推進部部長
 長寿科学研究者支援事業 長生きを喜べる長寿社会実現研究支援「アドバンス・ケア・プランニング推進のための共通ICTプラットフォーム構築どこで療養していても本人意思が尊重される社会作り」研究代表

14:35

ご講演

マシュー・アルソップ
  リーズ大学 ヘルスサイエンス研究所 准教授(緩和ケア)

15:15 質疑応答

 

15:25 閉会 株式会社国際社会経済研究所 理事 林 祥一郎